既にご存知の方も多いと思いますが、
昨日、経済アナリストの森永卓郎さんが、原発不明がんのため亡くなりました。
67歳だったとの事です。
森永さんは2023年12月27日にステージ4のすい臓がんであることを公表し、
余命宣告を受けながらも精力的に活動していました。
亡くなった前日の27日はラジオ番組にリモートで出演し、かすれた声で
「がんを宣告されて以降、最悪の状態なんですよ。
どうやら本格転移が始まっちゃったんじゃないかなという感じ」と
話していたとの事です。
僕は、森永さんの考えなどよく分かりませんでしたが、
訃報を聞いて、正に斃れて后已むだなと思いました。
この言葉、礼記に出て来るとの事で、
死んだ後でやっと終わるとの意味で、
そこから転じて、死ぬまで、懸命に努力して途中で挫けないとの意味になっています。
本田靖春と言うジャーナリストがいました。
僕が信頼している人の一人です。
彼は、糖尿病により両足切断、右眼失明、肝ガン、大腸ガンと病魔と闘いながら、
「月刊現代」に「我、拗ね者として生涯を閉ず」を連載していました。
その中で、
「悲壮感というやつは嫌いなので、ごく軽く読み流していただきたいが、
私はこの連載を書き続けるだけのために生きているようなものである。
だから、書き終えるまでは生きていたい。
正直なところ、寿命が尽きる時期と連載の終結時を両天秤にかけながら、
日を送っているのである。」と書いていましたが、
最終回を残して、心血を注いだ連載は絶筆となりました。
精神科医で作家のなだいなだも最期まで書いていました。
彼も「中央公論」誌上で膵臓がんであることを公表していましたが、
2013年6月6日に死去しました。
自身のブログの6月6日付で
自身の体調について記述しているのが絶筆とされています。
なだだったと思うのですが、
家族など周囲から休め休めと言われるけど、
死ねば休めるのだから、休んでなどいられないと書いていたように覚えています。
当時、なだはインターネットの仮想政党「老人党」を立ち上げるなど、
かなり忙しかったし、残したい事が多かったのだと思います。
他にも、有名無名を問わず、
命のギリギリまで仕事をしていた人は多いのだろうと思います。
そんな人生に思いを馳せていました。
【今日の一句】
やってるの 貼り紙見たら 店じまい
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