先日の日記「春を待つ」に書いたように、下総三山七年祭の神社計九社を歩いて回ってみよう!という野望を考えております。
普段は地図を見ながら、間違える事も含めて探して歩くという楽しみが有りますが、このように行程が長い場合、間違いを楽しみ程時間の余裕が無い為、先にGoogleストリートビューなどで周辺を確認する事がよく有ります。
今回もおそらく40km弱は有りそうなので、色々調べておりました。
�,竜禿朕声劼蝋圓辰浸�も有るので何も問題無し。
そこから�∋匱蘓声劼悗瞭擦漏気預臂翩廖弔海旅�めの道から細い道に入って突き当たりだな…あれれっ(´・ω・`)?
子守神社はこの先なのに、ここ(B地点)に案内が有るぞ?(Googleストリートビュー)
その細い道へ左折する地点に「子守神社」と書いてあります。
ここを左折と言うなら分かりますが(実はこの際、矢印に気づいてなかった)…
ひょっとしたら、この左手の藪って鎮守の森?
こちらにも子守神社が有るのか?
何やらよく分からないながらも、Googleストリートビューを少し進んで振り向いてみると、確かに鳥居と参道らしき登り口が有ります(Googleストリートビュー)。
何かよく分からないが…
これは事前に確認した方が良いかも…
で
早速京成津田沼駅から歩いてみました。
駅を出て10数分歩くと、住宅街が途切れて高台へ小さな上り坂となります。
この辺り、本来は海に面した高台に谷である低地が入り込む地形となっています。
この上り坂の先は土地区分の関係か、ずっと耕作地であり、昨年夏までヒマワリ回廊が有ったのもこの高台です。
おそらくここがヒマワリ回廊跡地でしょう。
掘り下げの深さから、マンション林立という事ではなく、おそらく戸建ての分譲でしょうか。
ちょこちょこと曲がって行くと、耕作地から出て、幕張本郷の街中に入ってきました。
すぐ南側は、以前ポートスクェアから歩いた際に下を歩いて潜った京葉道路の幕張ICです。
そして問題の左折地点…
確かに子守神社と書いてある…と思えば、別の面の矢印にようやく気づきました。
なるほど!やはりこの左手は子守神社の鎮守の森じゃなかったんですね!
へぇ〜ではあの参道は何の神社だろう?
えっ、立入禁止(@ ̄□ ̄@;)!!
では左手の鳥居側は…
なんだか荒れ荒れ(。>д<)
こんな住宅街の神社なのに?
お詣り(。-人-。)
その日は幕張駅まで歩いて帰宅しましたが、帰宅してから調べてみると、先の鎮守の森らしき場所に「浅間大神」と書いてある地図を見つけました。
そして幕張浅間大神で検索してみると、立入禁止の石段と鳥居の荒れ荒れ参道は別の神社?或いはどちらかが末社?
そして手水舎こそ残っているものの、倒壊したのか拝殿などは無いのだそう。
http://blogs.makusta.com/flatserve/%E5%B9%95%E5%BC%B5%E3%81%AE%E6%B5%85%E9%96%93%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E3%80%80%E5%B9%95%E5%BC%B5%E3%81%AE%E8%B0%B7%E3%82%92%E3%82%86%E3%81%8F%EF%BC%92.html
https://ameblo.jp/honda2043/entry-12615117773.html
う〜ん…
ここは下総台地の突端にあたる場所で、現在住宅街となっていますが、かつてはおそらく海まで200mかそこらだったのでは…
千葉街道からも近いし、甘藷先生こと青木昆陽がサツマイモを栽培したのもすぐ近く。
つまり近世には既に人里が確実に近かった筈で、浅間〜という以上、富士山信仰の場所だったのでしょう。
庶民に近しい存在だったと思われます。
なのに、何故拝殿が倒壊したまま放置されているのだろう?
何か特段の事情が有ったのか?
氏子の人達はいなかったのか?
謎謎謎…
そもそも現在も神社のままなのかどうか?
或いは誰かの土地という事も有るかもしれません。
どちらにしても、興味本意でうろつく場所ではなさそうです。
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