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2024年09月07日07:23

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松原照子の「世見」(転載)

本日の世見  2024年9月07日(土曜日)

『玄宗と楊貴妃』

中国の古都、長安(現・西安)の東15kmにある「リ山」には、一度は入ってみたくなる温泉があるそうで、とても歴史ある温泉です。
楊貴妃を寵愛して国政が緩み、安禄山の乱を招いた、あの玄宗がとても愛したのがこの温泉です。
あまりに好きすぎて、離宮を建てて冬を過ごしたといいますから、温泉好きなあなたなら入ってみたくなるでしょう。
玄宗は、春になると長安の都に帰るのが慣わしだったと言います。

「唐の皇帝玄宗」、あなたはどの様な男性像を持たれますか。
玄宗といえば楊貴妃、こんな答を出す方もおられることでしょうね。
でもね、玄宗には、武恵妃という最愛の人がいたのです。
武恵妃が亡くなると、やる気を無くしてしまったと言います。
その時、宮中には3000人もの女官がいたのですが、武恵妃に代わる女性はいませんでした。

あの当時、花鳥使という使者がいて、玄宗が気に入りそうな美女を探す旅に出たのですが、見付かりませんでした。
ところがです。
我が子の妻に“一目惚れ”、子の名は寿王、最愛の武恵妃との間に出来た子です。

我が子の妻を横取りするために玄宗が考え付いたのが、彼女が出家したいということにして、寿王と離縁させてしまったのです。
56歳の玄宗、彼女は22歳。
これからが凄い。出家させ、名を大真に改めさせたかと思うと、直ぐに女官では最高の“貴妃”という位を授け、自分の側室におき、皇后と同じ扱いをしたのです。
玄宗に見初められてから5年後、楊貴妃が誕生したのです。

玄宗のことを知る人は、安禄山という男性をご存知だと思います。
この男性、父はイラン系のソグト人、母はトルコ系民族のトック人、この安禄山は数カ国語が出来、腕利きの仲買商人になりました。
やがて玄宗に気に入られ、臣下としては最高の爵位を与えられたのです。
この安禄山の生き方は、調べても学べると思います。
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