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2024年02月02日21:00

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これだから

芦原妃名子さんの訃報受け…『海猿』原作者、フジテレビと“絶縁”に至った経緯明かす 映像化するも「脚本?見たことがありませんでした」
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=7735281
原作が無ければドラマも映画もない。それが分かっていない。前にも書いたが売れた、売れている、話題の漫画や小説は世間から評価をもらっている作品で映画会社やテレビ局が一から企画し、やるとなると人気が出ないというリスクがあるから安全パイとして有効な素材となる。もし、そういう理由でドラマや映画化するなら作者の意向はまず第一にすべきだろう。

リスクを取らずに安全パイを引くのはいかにも役所仕事、役人的で、テレビや映画製作社がそんなんじゃあ、終わっとる。

しかし、原作よりドラマの方が面白かったというものもある。ここではどの作品かは書かないが、そういう場合もある。
しかし、そうであったとしても作者との綿密な話し合いと製作者側の意図を説明し納得してもらうことが重要だろう。
いやらしい話になるが、モメて話題になれば、原作、制作者双方にも良いことはある。
どちらも話題になれば売れるから。しかし、多くの原作者は純粋で繊細な人が多くちゃんと話し合わないと自分を傷つけられたと思う人もいる。作品はその人にとっての自分の人生のレガシイだから傷つけられたくないという思いはよく分かる。

映像の話が出たので自分の感覚を言うと、私も昔は漫画を描いていた人なので話を書いたりするのも好きな方だ。話を考える時に頭の中ではキャラは映像として動いていて会話もすれば喜怒哀楽もする。漫画描くということはではその映像の切り取り作業でコマで表現するため配置や表情セリフ回しまでかなり綿密に文章にする。頭の中の映像を説明するためには必要なことだから。

分かりやすい話をすると漫画を実写化する時に配役を決めるが、必ずしも自分のイメージに合った人が配役として決まるわけではない。そういう経験をした人は多いだろう。
それは漫画や小説を読んだ時に個人個人の頭の中で多種多様な人物像が作られるからだ。

漫画や小説を書く方はダイレクトにその人物が頭の中に存在するため(それは漫画としての人物の場合もあれば、実際の人の場合もある、ただし、実際の人の場合、私の場合鮮明な人の存在としては見えない、ここが自分の能力の限界)かなり本当の人物と話しているような感覚になる。頭の中に住んでいると言っていいキャラクターは作者と会話しようと思えば会話できる。それくらい親近感のある存在として居続けている。

だから友人や親族のような関係性を持っているのでイメージを壊されるのを非常に嫌がる気持ちはよく分かる。

物書きはそうやって綿密な人物像を頭に収めていてそういう人々の人間模様をいろいろな伝達ツールで落とし込んで来る。それがどうしたと言われそうだが、文化的なそれらを大事にする国とそうでない国の認識の違いはそこに出る。

熱意をもってこうしたいということを伝えれば、原作者だってその思いを受け取り承諾してくれることもある。それは人としての繋がりと言うか関係性が作れているかによるだろう。

しかし、製作者側は(雑誌の編集セクションも含む)物書きを上から目線でお願いに行ったにもかかわらす「ドラマに、映画にしてやっているんだから贅沢言うな」という気持ちなのだろう。私は折に合わせて漫画家は個人事業主なので立場が弱いということは言ってきた。あまりにも突然死や過労死する人が多いからだ。

読者からの励ましが無いとやっていけない仕事だろう。それだけが励みで、それだけがどんなにつらい仕打ちも乗り越えられる糧なのだろう。小さな希望の光でないとやっていけないのに多くの人に感動を与えている。もっと優遇されてもいいじゃないか?

漫画家や小説化家ももっと束になってテレビ局や編集社と対峙しないと犠牲者が増えるばかりだ。
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