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2024年01月12日16:39

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レガシィ(遺産)

「もって春まで」腎臓がんで余命宣告、“人生最後”までガンプラを作り続ける理由「子どもたちと制作することは最高の幸せ」
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=7708170
あなたは何を残せますか?

自分はまだ大病もしたことないが、事故で死ぬことはあまり想像できないがいろいろな震災を見ての通りこういった災害でいつ死ぬか?というのは割と隣り合わせのこととして認識できるようになってきた。特に関東や関西の大都市圏に住む人は東日本大震災のようなことが起これば実際に被災したわけではないにせよ帰宅困難になって半分「遭難」したようなことになってしまった。

いつ死ぬか分からない。年齢ももう50を過ぎたのでいろいろな病気も患っておかしくないところまで来た。下手をすると循環器系の病気で寝ている間に突然死ぬこともある。

そんなときにあなたは何を残せますか?

今の時代、家族にも「自分が生きた証を残すこと」はそう難しいことではない。
それがガンプラだろうが、何だろうが。逆に言うと残せない人はちょっと悲しい。
自分が生きた証を残せないまま死ぬ。残したくないならそれまでだろうが、何も残さず、残せず死ぬのは自分が人生を歩んできて自分を評価する時にどうか?と思う。

いろいろあったけどこうやって生きた。お金を残すことはできない、家族も作れず、この世を去るとなると本当に何も残さず死んでしまうことになる。

オタクと言われる人々は何かと冷たい目線で見られることも多い。しかし、絵が描ける、文章が書ける、ネットに何らかの作品を残せる場合、それは遺産としてネット上にずっと残ることになる。生地を読んでいるその作者はもうこの世にはいないかも知れないが何年経っても作品を通じてその人が生きた証を見、感じることが出来る。

あなたは何を残せますか?

蔑んで見られている人の方が一生懸命生きた証を残せるのかも知れない。
少なくとも自分の作品と向き合い、形にした。それがどんなに稚拙なものであっても精一杯向き合った。当然仕事に向き合うことも良いとは思うが、それがあなたのレガシイとして世の中に残るかというと分からない。大きな橋を作ったり、経済を便利にする技術に携わってもそれは「会社の業績」や「国の業績」にはなってもだれか特定の人の業績にはならない。

ネット上に作品を残せる人はどんなに小さく、人に認識されなくともいつか誰かの目に触れその人の人生に触れる時が来るかもしれない。
百年後の未来の人がどのように見つめるのか?おそらく研究する人が出てくるはずである。少なくともその人はそのレガシイに触れ、作者の生きざまを感じる。
それは小さなことかも知れないが素晴らしいことだと思う。

あなたは何を残しますか?

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