初訪問の安木、ずっと「やすき」と思っていましたが、「やすぎ」なのだそう。
30分ほど貸し切りのマイクロバスに乗って終点月山入口で下車。
おぉーー
如何にも戦国の山城という威容です。
月山富田城は源氏の一派佐々木氏により12世紀に築城されたと言われているそうですが、広く知られているのは梟雄と呼ばれる尼子経久に始まる尼子の城としてのそれでしょう。
尼子氏も源氏の流れですが、守護京極氏を追放する形で戦国大名となり、山口を本拠とする大大名の大内氏と中国地方の覇権を争いました。
その後、大内氏を滅亡させた毛利氏によって難攻不落と呼ばれた月山富田城も落城、戦国大名尼子氏は滅亡します。
後に織田氏の中国侵攻に呼応するように、山中幸盛(創作と思いますが「我に七難八苦を与えよ」で知られている山中鹿之助)らが尼子氏再興を掲げて戦いますが、結局毛利氏に敗れて再興は叶わぬまま、一部は毛利の家臣となったよう。
尚、山中幸盛の子孫は後に鴻池組を興し、三和銀行そして三菱東京UFJの祖の一つとなっています。
そんな中国地方の覇権を争う舞台となった月山富田城、谷筋となる月山入口からは標高183m余りの月山山頂まで登らなければなりません。
輪行袋はさすがに邪魔でしかないので、何かの標柱にチェーンロックで留めて登り始めました。
途中には(たぶん)ヤマカガシが昼寝しておりました。
頂上辺りは三ノ丸、二ノ丸、本丸が並んでいます。
見所いっぱいだ!
ここまで降りそうで降らない天候でしたが、下山中に時折ポツリ…ポツリ…と雨の気配が(。>д<)
好天なら自走で駅まで下ろうと思っていましたが、雨中の自走は朝の宿からで懲りているので、バス停隣の道の駅で昼食後、再びバスにて安木駅へ戻りました。
そして再び特急やくもに乗って出雲市駅へ。
このやくも、もうすぐ新型車両に置き換えられる予定ですが、車内は2列+2列シートと思いきや、ところどころに1列+1列になっています。
たぶん柱のような構造が脇に出っ張っているせいと思いますが、輪行袋を置くのにちょうどピッタリ!
間も無く出雲市駅に到着。
一畑電車、通称ばたでんの電鉄出雲市駅は少々離れています。
ここは往路にばたでん、帰路は自走を予定していましたが、相変わらずの天候の為、往復切符を購入。
電車内には、しまねっこも乗っておりました。
そうこうするうちに出雲大社前駅に到着。
雨は相変わらず降っています。
輪行袋を持ったまま、傘をさしてお詣りするのもちょっと…
駅にてお預かりして貰い(500円)、参道をオオヤシロに向けて歩きました。
駅からは徒歩3分程度でしょうか。
ここがあの出雲大社か(@ ̄□ ̄@;)!!
天候のせいか平日であるせいか、人はさほど多くなさそう。
松の参道を進み拝殿にてお詣り。
境内を歩きます。
神楽殿の前には、中学生?の修学旅行?らしき集団もおりました。
参拝を終え、帰路の電車に時間が有ったので旧大社駅に向かいました。
地図を見ながら「あの辺りだな…」と思った辺りに、なんだか嫌な予感がするモノがチラリと見えましたが、行ってみるとスッカリ囲いに覆われており、現在工事中(@ ̄□ ̄@;)!!
あらら残念(。>д<)
そうは言っても仕方有りません。
駅に戻り、ばたでんで再び出雲市駅へ。
ここで3分差くらいで特急スーパーまつかぜが有るのですが、まだ切符も買っておらずこれは間に合わないだろうと思っていたら、ホームに上がるとスーパーまつかぜがおりました!
どうやら遅れていたよう。
これは幸運!と乗り込み、車内精算して浜田駅へ。
乗れなかった筈のスーパーまつかぜを含めて特急を使いまくり、予想外に早い時間に到着。
駅からすぐの宿にチェックインし、途中でチラリと見えた赤提灯のお店へ。
大将が一人でやっているお店らしく、またこの時は貸し切り状態で色々お話しながら、「日本海」を数杯を戴きました。
浜田最初の夜は満足満足!
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