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2023年10月01日08:25

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2023岡山の旅日記1日目

岡山には羽田から飛行機です。JAL長崎空港の近藤という手荷物検査の女性に理不尽なことをされたので、JALは乗りません。ANA651便で岡山桃太郎空港へ向かいました。現地に着いたら貸し切りバスを手配していたので早速、バスに乗り込みお城マニアの私は津山城見学に出かけました。

津山城は国の史跡に指定されており、日本100名城でもありますが、日本さくらの名所100選にも選出されており、西日本有数の桜の名所としても有名です。また、津山城は姫路城(兵庫県)と松山城(愛媛県)と並んで日本三大平山城のひとつです。

この地は、かつては鶴山と呼ばれ、嘉吉元年(1441年)美作の守護・山名教清の一族である山名忠政が鶴山城を築きましたが、応仁元年(1467年)から始まった応仁・文明の乱で新たに赤松氏が美作国を抑えたことにより、山名氏の勢力は急速に衰え、鶴山城は廃城となりました。

時は流れ、徳川家康が江戸幕府を開いた慶長8年(1603年)森忠政が信濃松代から美作18万6千石で入封し、津山藩が成立します。忠政は地名を鶴山から津山に改め、慶長9年(1604年)から元和2年(1616年)まで、実に13年もの歳月をかけて現在見られるような一大城郭を築き上げました。

また、吉井川の堤防を工事するなど、城下町の整備にも力を注ぎます。しかし、元禄10年(1697年)、森氏は4代続いたあと跡継ぎがなく断絶すると、松平宣富が10万石で入封します。宣富は徳川家康の次男・結城秀康を祖とする越後高田藩主でした。その後松平氏9代を経て明治に至りました。

幕末まで天守はじめ数多くの櫓や門などの建造物が残されていましたが、明治6年の廃城令で、石垣を残してすべての建造物が取り壊されました。津山城は、一二三段と呼ばれるように山頂の本丸から南側に雛壇状に二の丸、三の丸を配置し、そのすべて10mを超える高石垣で囲みました。

最盛期には77棟もの櫓が建ち、その数は姫路城よりも多かったといわれています。比較的コンパクトな面積の中に、建造物がひしめき合っている壮観さは現代まで残されている幕末の古写真からもうかがえます。実際松平家の時代は10万石にしては分不相応な城だったため、城の維持のため、年貢の取りたても厳しく、一揆も頻発したといわれています。

初代城主森忠政は織田信長の家臣・森可成の6男でしたが、兄弟のうち、長男の長可が小牧・長久手の戦いで、次兄の森蘭丸・力丸・房丸らもその前の本能寺の変でいずれも討死にしていたため、忠政が家督を継いでいました。津山城の天守は豊前の小倉城天守をモデルにしたといわれています。

確かに古写真でも破風がない層塔型天守であることが確認できます。忠政は津山城築城に際して、密かに家臣や大工らを小倉に派遣し、海上から小倉城の見取り図を作っていたところ、小倉藩の役人に見つかり大騒ぎとなります。

しかし、時の小倉城主細川忠興は一行を処罰するどころか、城内に招いたうえ、詳しい図面を差し出すとともに築城に際しての注意まで与えたといわれています。さらに津山城が完成すると忠興からは朝顔形の半鐘が贈られ、この半鐘は津山城天守の最上部に飾られ、家宝として大切に保存されたという逸話が残されています。

幕末に藩校として作られ、明治時代は学校として使用されていた建物を1904年に三の丸に移築、現在は催し物などで使われているようです。城内最大の櫓門である「表中門」は、その横幅は32mもあり、大阪城や江戸城にも匹敵する規模だったといわれています。

三の丸から二の丸へと通じる石段と両脇の石垣が圧巻です。視界がすべて石垣!と石垣マニアにはたまらない光景です。築城400年の記念事業として平成17年(2005年)に城内最大の櫓であった備中櫓が復元され、津山城のシンボルとなっています。

ここ津山は「美作国」にあたるはずなのに、なぜ「備中」櫓なのか?当然の疑問が湧きますが、初代城主森忠政は長女於松を鳥取城主である池田備中守長幸に嫁がせており、娘婿である長幸が津山城を訪れるのを機に建造したのがその名前の由来といわれています。つまり、お婿さんの名前をとったのです。因みに天守閣跡にたどり着いたのは私だけでした。

津山城を見学した後は、津山鶴山ホテルで一杯飲みながら昼食をとりました。昼食後は備前長船刀剣博物館に向かいました。室町時代をはじめ、古い時代の刀がずらりと並んでいて壮観です。歴史、作り方などの資料も豊富です。この博物館は、刀を見せるだけでなく、刀工、鍔師、鞘師などが実際の工程を見せる工房が併設されていました。

次に備前焼窯元に移動しました。岡山県東部の備前市に位置する伊部地区は、備前焼の窯元が集まる陶器の生産地です。中世末期から近世にかけて操業していた古い窯跡があるというので見に行ってみたら、陶片が文字通り山積みになっていて驚きました。窯元の煙突が立ち、備前焼のお店がズラリと並ぶ町並みは独特です。

見学後は宿泊地の鷲羽グランドホテル備前屋甲子に向かいました。玄関前に女将とマネージャーさんのお出迎えです。一昔前のグランドホテルのような豪華さのロビーでした。フロントでチェックイン。ラウンジには何故か象、大きな太鼓が目立ちました。

海側に本館の特別室に宿泊しました。ハイライトはベランダです。瀬戸内海と島々が一望できます。1階売店の脇から下りて大浴場へいくと内湯は広く、無色透明で塩素臭が少ししました。瀬戸内海と島々、行き交う船や鳥が見える露天岩風呂は、潮風にあたり開放感がありました。瀬戸大橋、目の前は瀬戸内の島々、船、絶景です。

温泉につかった後は、宴会です。宴会の料理もすべて塩素臭がするのです。(笑)宴会場で地酒を呑みながら楽しいひと時を過ごしました。宴会の途中にイベントである。「鷲羽太鼓ショー」を見ていたら、太鼓をたたいてみませんかと指されました。

皆さん断っていたので私は断らずに舞台に上がりでっかい太鼓をたたいてみました。気持ちよかったです。二次会は大部屋野茂カラオケボックスを予約していたので2時間ばかり歌いました。久しぶりのカラオケでみなさん、感動していました(笑)

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