原爆投下から7年たった広島の高校の教室で、
エノラ・ゲイの搭乗員の心境を語るラジオドラマを聞く授業の最中に
女子学生みち子が「もうやめて」と叫んで鼻血を出して倒れる。
原爆症としての白血病発症。
物語はここから始まり、原爆投下当日の広島市内を描き、
投下8年後の原爆記念日で終わる。
この映画にはのべ8万人の広島市民がボランティアとして参加した。
赤ん坊も含め各年齢におよぶ市民が自発的に参加した理由は
「たった7年しかたってないのに原爆を語る人がいなくなっている」だった。
広島市でも、実際に原爆を体験せず、原爆の被害を他人事に思う住民がいる。
ましてや、平和記念公園を訪れる観光客にとっては
それが日本人であっても「珍しいものを見る」ための旅行であって
敗戦の悲惨さ、広島の悲劇を忘れないためのものでない。
アメリカ人観光客は、浮浪児が売る「原爆死者の頭蓋骨」をみやげに買うほどだ。
原爆投下直前の市内、原爆投下で破壊された市内を表すオープンセットがすごい。
絵でなく、本当にがれきを積み上げ、ガソリンをまいて火をつけている。
そこをさまよう被爆者たちの焼け焦げ破れた服も、実際に火で焦がして作った。
被爆者を演じるのはもちろん広島市民の方がただが、
よろけながら手を前に出しながら足をひきずりながら、歩く姿は
おそらく本当に目撃した風景であり、監督は演技をつける必要はなかっただろう。
どこへ行くあてもなくひたすらに逃げようとする人々のゆっくりした行進。
周囲のがれき、がれきにはさまった死体の数かず、母を求めて泣く赤ん坊。
「目をそむけたくなるような」と文章ではよく書かれるけれど、
本当に見ていられなくなり、何度も視線が逃げそうになった。
やっとたどり着いた病院も足の踏み場のないほどの被爆者で埋まり、
うめき声が満ちる中で次々に死んでいく。
幸いにも家族がいる死者はおぶわれて病院を出て、
がれきの山をつみあげたものにガソリンをかけて火葬されるが、
胸元に「氏名不詳」と札を付けられた死者もすくなくない。
映画の中ではアメリカが組織したABCCが「調査はしても治療はしない」と言われる。
本当のことなのだが、日本政府はこれを「反米的」と解釈し、
アメリカからの援助を受けるのに不利と考えて、映画会社による配給を禁じた。
映画を製作した独立プロは3本のプリントをもって全国で試写を行った。
原爆投下75年あまりを経て、この映画を上映する会がいくつか行われたと聞いた。
戦争があれば必ず人が死ぬ。戦死者の出ない戦争などない。
原爆投下には「真珠湾攻撃のことを思えば当然」の意見もあるそうだが、
一方では「非戦闘員の住む日本本土になぜ原爆を落としたのか?」
「原爆の威力を試す実験を、有色人種である日本人の住む島国で行っただけではないか」
という声も聞こえる。
どんなものごとにもさまざまな意見が出るのは当然で、
むしろ「反対か賛成の一方の意見だけが出る」ように操作されるほうが恐ろしい。
ただ、これだけは言える。
核兵器を使えば、核兵器使用反対者にも賛成者にも被害が出る。
どの範囲にどんな被害が出るかは100%の予想はできない。
遺伝子変異まで考えれば被害は子々孫々におよぶ可能性がある。
核兵器使用をしてはならない。
世界で実際に核兵器の攻撃を受けたのは日本国だけだ。
日本の国民はもっと原爆について知り、考えることが必要だと思う。
そうしなければ世界に向かって核兵器の恐ろしさを訴えることもできない。
この映画撮影中の1952年、アメリカとソ連は相次いで水爆実験に成功した。
広島に落とされた原爆の250倍の威力があると聞く。
今、世界でいくつもの国が保有している核兵器は
確実にそれよりもっと威力があるはずだ。
それら核兵器を使えばどうなるのか、知らないで保有している。
なぜ恐ろしくないのか?
知らないからだ。
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