それとも、それを鬱陶しいと感じるのは日本人的感覚で(或いは私だけ?)、米国の人はそれをありがたいと感じるのが普通なのでしょうか?
ありがたいと感じる方にはそれで良いですが、そうでない人向けにもフォロー外の表示の有無を選べるようにして貰いたいものです!
さて
FacebookやInstagramを含め、米国発のSNS全般に言えるのはとにかくオススメ的なモノが多くて、且つしつこい!
何度も表示しても見にいかなければ、興味無いのだと察して、さっさと引っ込めて貰いたいもの。
オススメのしつこさでは、Instagramでしょうか。
そしてオススメもさる事ながら、米国発はどういう基準で表示を選んでいるのか、全く不透明です。
新しいのが常に上に出てくるという訳でもないし…
そして、昔の投稿を探すのが実に大変(。>д<)
そこへいくと、アメブロにしろミクシにしろ日本発は昔の投稿を簡単に探す事が出来ます。
今も有るのか不明ながら、確かGREEもそうだったかと。
こうはっきり違うと、これは米国人と日本人の特質の違いなのかと思えてきますが、この点に関して言えば、私は圧倒的に日本型の方が好みです。
お国柄と言えば、日本は「右へ倣え」という風潮が強いと感じます。
それ自体は長所短所有るとは思いますが、近年「多様性」とか「同調圧力」といった言葉が頻繁に使われるようになってくると、ルールを無視する事まで含めて、それらの言葉で正当化しようという浅はかな連中まで増えているように感じます。
社会の中にいる以上、「多様性」を主張する前にルールを守るのは当然の事であり、それをしようともせず、同調圧力と主張するのは、何事も自分の都合で押し切る為の恣意的な拡大解釈とでも言うべきでしょうか。
極端から極端に変わり易いと言うか…
こうした雲行きになってきた事で、人を窘める、注意する事がやり難い空気となってきたような…
先日終わったばかりの隅田川花火大会でのゴミ散乱などを見ても、公共意識が低い連中も少なくないのは明白ですが、今の空気が続くとそういう連中はますます調子に乗って、その延長線上で治安もどんどん悪化していくのではないか?
そんな危惧も感じないではありません。
聖人かと思うような高潔な人から犯罪者まで、人間が増えれば色々な人が出てくる事自体は当然で、もし犯罪者が皆無であれば逆に不健全な社会かもしれませんが、だからと言って野放しにして良い道理は有りません。
悪い事は悪いと自分で理解できる人ばかりではないんだよ。
ならば社会で教えていかないとね。
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