後白河天皇(ごしらかわてんのう)、諱は雅仁(まさひと)。
鳥羽天皇の第四皇子として生まれ、異母弟の近衛天皇の急死により皇位を継ぎ、譲位後は34年にわたり院政を行いました。その治世は保元の乱、平治の乱、治承・寿永の乱と戦乱が相次ぎ、二条天皇・平清盛・木曾義仲との対立により、幾度となく幽閉・院政停止に追い込まれるがそのたびに復権を果たしました。政治的には定見がなくその時々の情勢に翻弄された印象が強いですが、新興の鎌倉幕府とは多くの軋轢を抱えながらも協調して、その後の公武関係の枠組みを構築しました。南都北嶺といった寺社勢力には厳しい態度で臨む反面、仏教を厚く信奉して晩年は東大寺の大仏再建に積極的に取り組みました。和歌は不得手だったが、今様を愛好して『梁塵秘抄』を撰するなど文化面にも大きな足跡を残しました。
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