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2023年06月07日07:18

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東京裁判出廷

検察官と日本人弁護団は、酒田市にのりこみ、商工会議所二階を臨時法廷とし、国境の西山にいる石原莞爾をここへ呼出しました。石原莞爾は、私の父・仲條立一たちが農場の隠棲から布団をのせたリヤカーに身をよこたえ、自動車道路まで出かけて行きました。

法廷における検察官との応待は、辛辣な処、ユーモラスな処、禅問答のような処があったが、卑屈なところ、困惑なところは些かもなかったと、弁護士たちは云っていました。検事側が、貴官が同乗した飛行機に爆弾をつみこんで行ったとすれば、攻撃の意図があったのじゃないか、と訊問するに、ああいう情勢のもとに偵察に行く場合、当然先方は防空火器をもって攻撃してくる。万一、この砲火で打落されると、偵察の使命は全うされない。

勢い応戦せねばならぬので、小型爆弾を積込んだということはある。しかし攻撃の意図はない、防禦の意図であると、応酬した所や、又、日本の関東軍は第三国からみると、大陸軍であると思惟されるが、この点はどうかと衝かれて、あの位のものは、中陸軍だ。

満洲事変の起る頃は、その中陸軍よりも更に兵力は微弱だったので、小陸軍に過ぎない。それが後になって、どうやら中陸軍になったのだ、と答弁したあたりは、一橋一縦、手に入ったものだった。ただ協和会の性格について、外国人記者とインタビューをした際、決して政治性をもつものでないと答えた。もとよりその通りであった。

これが、検察側の問題となって、相当突込まれ、後になって政治性をもつものだと、証言して了ったのは、取りかえしのつかぬことであったというものの、他の点においては、申し分のない完璧な答弁振りで、たとえ病中であっても、彼の頭脳が緻密且つ精であった一点において、弁護士たちを驚かせた。 (小森正文記事による)

病中なので、骨立ち肉落ち、顎髯がぼうぼうと生えて、全くの好々爺であったが、急所々々へゆくと、精悍な面魂となって、一歩もひかぬというところが見えた。石原莞爾は、侵略主義ではない、平和主義者である。殊に、世界人類のために、絶対の平和郷を現出しようとする熱意にもえていた宗教的将軍だが、それがどこまで認められるかは、分らぬにしても、心中の意図を十分に説きつくして、満足そうであった。

勿論、戦争犯罪人として、巣鴨に拉致されるものと覚悟していた。だが、不思議にも、罪科を免れることを得たのは、石原莞爾の平和論者としての立場が、この答弁によって、はっきりした為であろう。

石原莞爾平和思想研究会 (ishiwara-kanji.com)

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