mixiユーザー(id:63275099)

2023年04月06日06:28

41 view

名所案内:伏見桃山城

関ヶ原の戦いで勝利した徳川家康は翌慶長6年(1601年)3月に伏見城に入城して、伏見城の再建と二条城の築城を開始しました。翌慶長7年(1602年)6月には藤堂高虎が普請奉行に起用され、同年末頃にはほぼ再建し、同年12月には伏見城に帰城しました。再建は木幡山伏見城の縄張を踏襲しましたが、弾正丸、大蔵丸、得善丸、御花畑山荘と呼ばれている北西部の曲輪群とそれを取り巻く堀は放棄されました。また石垣も新たに築き直され、天守台も本丸北西端から本丸内北寄に移動しました。翌1603年(慶長8年)徳川家康は、伏見城で征夷大将軍の宣下を受けました。以後三代徳川家光まで伏見城で将軍宣下式を行っています。

詳細はこちらへ
https://ameblo.jp/stephen19690326/entry-12795961428.html
1 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する