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2022年08月06日07:43

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日本国のパリ条約違反について

日本の大陸への進出は、「パリ不戦条約」を侵していません。「パリ不戦条約」は1928年に調印されました。1931年の満洲事変、1933年の満洲国の建国などは、「パリ不戦条約」が調印された後のことになります。外交官から外務大臣になった東郷茂徳は、東京裁判で、パリ条約に対する解釈を証拠として提出しました。

1928年、東郷は、在米日本大使館の一等書記官でした。東郷は、パリ条約の経緯と解釈を熟知しているとして、こう述べました。「ケロッグ長官は、パリ条約は自衛戦争には当てはまらないと、説明している。自衛権については、条約の承認に先立って、各国から留保が付帯された。同様に、パリ条約が大東亜戦争に当てはまらないことは、自明である」

アメリカの政治家たちも、パリ条約の有効性には疑義を呈し、「国際平和へ向けた段階としては、切手一枚ほどの価値もない」と述べました。日本外務省が当時発行していた『レヴー・ディプロマティーク』は権威がありました。その中で、高名な日本の学者が「不戦条約は、自らの国益追求のために戦った国の戦争に、適用された事例がない。

自衛を目的とした戦争や、国際連盟や「ラカルノ条約」といったものに報復と認められる戦争、あるいは中立条約を批准した国に対しては、パリ条約は適用できない。ノールズ教授は、「その国の領土主権に関する限定された権益を守るための戦争にも、適用されない」と書いています。

教授は具体例として、「イギリスが主権を主張するインドに関連してイギリスが起こす戦争を挙げられる」と、書いていました。日本は、こうしたパリ条約の解釈に立って、満洲での行動を正当なものとして継続できると、主張したのです。

パリ条約に対する日本の留保が付帯され、条約の内容が発効する前に、ノールズ教授は「満洲鉄道のような日本の権益は、1905年の日露戦争の後、パリ条約以前に獲得したもので、条約違反云々とは無関係に、守られるべきものである」と、論じました

満洲の権益を守るための自衛戦争は、違法どころか、合法そのものです。日本が、パリ条約が認める自衛戦争の理論に適合するために必要だったのは、「日本が特別な権益を持つ地域」であることを宣言することだけだったのです。

実際、満洲事変の後、日本に対してはパリ条約違反だとの批判が集中しました。外務省は、「満洲一帯で高まるロシアやドイツの脅威から日本の権益を守るために、関東軍は満洲に進攻したのだ」と説明したのです。

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