戦国時代、千葉県には里見氏という有力な戦国大名がおりました。
以前は結城の戦いの落武者である里見義実(よしざね)が三浦半島から海を渡り、安房国に上陸し平定した…とされていましたが、近年はこの地の平定の為、古河公方によって送り込まれたとも?
もちろん、私などにはその真偽は不明です。
この里見氏、上総や下総にも勢力を拡げましたが、安房国を本拠としており、数々の城を持っていました。
うち南房総市に有った滝田城と宮本城という、二つの城址を繋ぐ山中の道が有り、先日地図読みの先生と歩いてみたのです。
案外クルマが普段並みに多い京葉道路から館山道へ。
空いていると思ったのですが…
遠見山(とっけんやま)という名前も有る滝田城址の駐車場へ向かいます。
実は2017年に一度ここへ来ておりました。
城址は草蒸した感じでは有りましたが、遊歩道はよく整備されている…という印象が残っています。
両城の間は2019年の台風で荒れているとしても、滝田城址までは回復しているでしょう…と思えば、そうでもなし。
いきなり倒木に遮られます。
この城址の象徴とも言うべき、伏姫と八房の像。
そして展望台の跡です。
このルートを知った本には展望台の写真が載っており、2017年に来た際、展望台が見当たらないけど場所が違うのかな?と帰宅後調べて、あの土俵みたいな台がそうだったんだ!とビックリ!
ネットで調べてみても撤去した、或いは撤去するという内容の記事は見つからず、有るのは無くなっていて驚いた!というのばかり。
色々な記事から察するところ、おそらくは老朽化の為、2016年3月から2017年3月の間に撤去されたよう。
(在りし日の姿)
まぁ無くなってしまったのは仕方有りません。
先へ向かいます。
以前来た時に見たのは本丸跡だけでしたが、時間は有るのでニノ郭跡も歩いてみました。
こちらも倒木は有るもののさほど荒れている訳ではなく、「武者溜」とか「馬場」など、案内札が立てられています。
「房総のマッターホルン」「安房の妙義山」こと伊予ヶ岳も見えました。
本丸跡に戻り、ここからは、宮本城址への縦走路とも言うべき尾根道となります。
それほど古くなさそうな靴跡も有るものの、元々歩く人はかなり少ないのでしょう。
それに加えて倒木も多く、踏み跡微かだったり、道が塞がっていたり崩れていたり…
倒木を潜り抜ける事も何度も有りました。
地形図とコンパスを頼りに進みます。
見通し良い場所とは言い難い場所ですが、三角点も有ります。
歴史有る山ですから、地形図に無いような分岐などもあちこちに有り、そういう場所では一応行ってみて、あぁなるほど!こういう繋がり方をしているんだ!と判明すると嬉しいものo(^o^)o
正午近くに小ピークで昼食にしました。
ここまで歩きながら、ペースと方角を考えながら現在位置を把握しておりましたが、食後の歩き出しではその意識が一度切れた事で、次の分岐では一瞬間違えそうに…(。>д<)
その後も間違えかけたり、倒木や崩落を避けたりしながら進み、やがて宮本城址である城山の近くにやってきました。
しかし城山直下は倒木が酷く、城山南側に有るらしい登り口まで進めません。
仕方無く、ここは藪が薄い場所を探してよじ登り。
城址である城山の頂上広場に着きました!
しかしこちらも藪々…
滝田城城址のような案内や整備はサッパリ。
僅かに有ったのはこれくらいです。
こちらは分かり難いですが、一つには「宮本城址」、別のには「宮本城跡」と別の呼称が書かれていました。
そして最後の下山…こちらも道があやふやになりかけている場所も有りましたが、なんとか無事に山を出て、道の駅おおつの里に到着♪ヽ(´▽`)/
二つの城址を繋いでの歩き通し完遂o(^o^)o
いや〜
楽しかった!
昔、新日のプロレス中継「ワールドプロレスリング」の中で、古舘さんが「戦いのワンダーランド」と叫んでいましたが、この山は正に「地図読みのワンダーランド」ですヾ(@゜▽゜@)ノ
しかしかなり上級レベルで、1人だったらおそらく断念していたかと…
帰路はばんやで汗を流し、偶には贅沢に夕食を満喫(*^^*)
次はどこの山を歩こうかな!
冬晴れに
繋いで歩く
荒れ山へ
里見の栄光
静かに語る
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