今朝の下野新聞を読んでいたら、
足利市内で発行されている両毛新聞が、
9日付で休刊となったとの記事がありました。
同紙は前身の「足利日報」を経て1946年に創刊し、
同市内の政治、経済、行政のニュースや地域の話題などを掲載して来ました。
日曜日、祝日を除く平日に発行している日刊の夕刊紙で、
現社長の岡部功さん(88)の父親で故人の新二郎さんが、
戦前、印刷会社を経営するかたわら「足利日報」を創刊し、
一時の新聞統合を経て戦後、現在の名称で再スタートしたとの事です。
1部60円、1カ月1500円で販売していて、発行部数は3300部との事です。
新聞離れなどによる厳しい経営環境や配達員の慢性的な人手不足に加え、
新型コロナウイルス感染拡大の影響で
3月以降の広告収入の減少などが休刊の理由としています。
最後の19520号の9日付1面で
「本紙74年の歴史に幕」として、休刊を発表しました。
正直に言うと、僕は両毛新聞の存在を知りませんでした。
「両毛」とは何かと思われる方もいるかも知れませんが、
古墳時代、今の群馬県と栃木県の大分部を毛野と呼んでいました。
それが、「上毛野(かみつけの)」や「下毛野(しもつけの)」に分かれ、
律令制施行後は、上毛野は上野国(こうずけのくに)に、
下毛野は那須(栃木県北部)を加えて下野国(しもつけのくに)と定められました。
この過程で「毛」の表記は省略されましたが、「け」の読みは残されています。
現在でも、栃木県の小山市と群馬県の高崎市を結ぶ鉄道を両毛線と呼ぶように、
両毛は使われています。
日本の新聞は、
読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、日本経済新聞、産経新聞の全国紙と、
北海道新聞(北海道)、河北新報(東北6県)、
中日新聞(愛知、岐阜、三重、静岡、長野、福井、滋賀、和歌山)、
東京新聞(東京、埼玉、千葉、神奈川、茨城、栃木、群馬、静岡)
中国新聞(中国地方)、西日本新聞(九州地方)のブロック紙の他に、
地方紙と呼ばれる、県域や地域を対象とする新聞があります。
必ずしも厳密な定義ではありませんが、
地方紙は、県全体とカバーする県域紙と、特定の地域だけの地域紙に分けられます。
Wikipediaにその一覧がありましたので、宜しければご覧ください。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%96%B0%E8%81%9E%E4%B8%80%E8%A6%A7#
戦中の1938年から新聞用紙が統制され、
1940年ころからは取締りの容易化を目的として新聞社の統廃合が進められて、
1939年848紙を数えた日刊紙は1942年には
わずか54紙に減少したとの事です。
しかしこの新聞統合は、一方では地方紙が1県1紙になったことで、
地方紙間の過当競争をなくし、
また1936年政府の援助を受けた強力な国家統一通信社である同盟通信社の誕生で、
国内外のニュースを豊富に受信できるようになったこととも相まって、
地方紙の基盤を確立し、今日のブロック紙、県紙の基礎をつくることにもなりました。
1945年、占領軍総司令部は戦争中のあらゆる新聞統制法規を撤廃しています。
両毛新聞は、こうした歴史的な経過を踏まえて続けられて来たのでしょう。
休刊は、新聞が置かれている現在の情勢を反映したものだと思います。
紙媒体から電子媒体に移行が進み、若者の活字離れも進むでしょうから、
これから益々新聞は厳しくなるような気がしますが、
新聞が好きな僕としては、全国の地方紙に頑張って欲しいと思います。
両毛新聞の休刊で、日本の新聞について、勉強してしまいました。
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