2012年7月6日の事です。
その前日、宮城県に出張して1泊2日の仕事が終わり、
新幹線で宇都宮に帰る時の事です。
この時の出張は、一緒に行く人が多かった事もあり、
その人たちの都合で、グリーン車でした。
少し早く駅に着いたので、入線していた列車に乗って涼んでいました。
僕は通路側の席でしたが、通路を挟んだ反対側の人と話をしていた時です、
車両の裏側から、大柄な白人の小父さんが歩いて来ました。
前の方の席に行くのかと思ったのですが、僕の席の脇で立ち止まりました。
そして指定席券を出しました。
そこには、僕が座っている席の番号が書いてありました。
僕が間違えたのかと思い、慌てて番号を確認しましたが、間違えていません。
小父さんの指定席が別の車両である事に気が付きました。
その事を英語で何と言ったらよいのかと頭が真っ白になりました。
新幹線はtrainで良いのかとか、間違っているのはwrongで良いのかなど、
とにかく凍り付いてしまい、汗がどっと出て来ました。
すると、その小父さんは流暢な日本語で話出しました。
それで安心して、列車が違う旨を日本語で話しました。
その小父さんも間違いに気が付き、にこやかに謝ってくれて、
列車を降りて行きました。
僕はホッとしてその後ろ姿を見ていました。
僕の同行者たちからは、僕がどうするのか見ていたと冷やかされました。
その中の一人が、
「今の人、C・W・ニコルさんではなかったか」との声が掛り、
そうだ、間違いないと言う人もいました。
僕はC・W・ニコルさんの名前は承知していましたが、
風貌は思い浮かびませんでした。
家に帰ってから、ニコルさんのお顔を確認し、ご当人だった事が分かりました。
昨日、そのニコルさんが亡くなったとのニュースがありました。
ご存知の方も多いかと思いますが、
ニコルさんは、イギリス出身の作家で、
長野県を拠点に森林や生態系を保護するなど環境保護活動に尽力されて来ました。
昨夜のニュースによると、東日本大震災の復興活動にも力をいれ、
宮城県では被災した子どもたちが自然の中で学びながら心のケアを行う
「森の学校」の建設にも尽力されていたとの事です。
あるいは、僕が仙台駅でお会いしたのは、
そのお帰りの時だったのかも知れません。
訃報を聞いて、ニコルさんの大きな背中を思い出していました。
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