もう先月になりますが、立川リスルホールにて、読み芝居「銀河鉄道の夜」を観てきました。
4年前、さくらんぼ東根マラソンのついでですが、花巻の「宮沢賢治記念館」に行ったくらい、宮沢賢治は好きな作家です。
彼の作品の中でも、「銀河鉄道の夜」は知名度が高いと思いますが、絵本などで見た事は有っても、全体を読んでいない人も多いのではないでしょうか?
かく言う私も、ちゃんと読んだのは記念館行の後でした。
そして謎が多い作品でもあると思っています。
それは、作品が完成する前に、賢治が亡くなった為、作品として完成された原稿が残っていた訳でなく、有ったのは推敲を重ねている最中の原稿だった事も影響有るでしょう。
大別して三回の推敲が行われており、カムパネルラが川で死ぬ辺りが冒頭に挿入されて刊行されていた時期も有ったとか。
そして判読出来ていない箇所も有ります。
つまり、作品としての「銀河鉄道の夜」は未完であり、現在有るのが作者が求めていた形にどれだけ近いのか、誰にも分からないのではないでしょうか。
恥ずかしながら、「銀河鉄道の夜」は、小学校の図書室で名前だけは知っていましたが、ある程度中身を知ったのは、「銀河鉄道999」の方が先でした。
調べてみると、こちらの連載が始まったのは1977年。
1巻が出てすぐに読み始めました。
この999と、ほぼ同じ頃にヒットした山口百恵「乙女座宮」(銀河大陸横断鉄道〜♪)で、宇宙を走るSLのイメージが固まりました。
さて
「銀河鉄道の夜」の内容に触れたのは大人になってからですが、しっかり全部を読んだのは、前述のとおり記念館行った後…つまり、たった4年前。
読み芝居を観て、久し振りに本を読み直してみました。
前述のように、作品として完成されていない事もあるのでしょうか。
作者の宗教感も反映しているのか、幻想的なイメージとは裏腹に、難解なところも少なくありません。
ジョバンニは夢を見ていたのでしょうか?
いや、この作品の「銀河鉄道」とは、おそらく生死にかかわらず、魂だけが乗れる列車なのでしょう。
だからカムパネルラは突然いなくなり、その前にジョバンニに会いに来て(つまり一緒に銀河鉄道で旅をして)、そして生きているジョバンニは元の場所へ戻ってきた…
そういう事でしょうか。
読む度に違った事を考えさせられます。
時間をおいて、また読み直してみましょう。
その時は、また違った事を感じられる事でしょう。
ログインしてコメントを確認・投稿する