現在のZERO1の顔と言えば、やはり大谷晋二郎です。
その大谷、あのハッスルの中で「ハッスルあちち」を名乗ったように、プロレス界でも「熱い男」として知られています。
ライガーの中の人Y選手より8才下、そしてデビューも8年後。
ファン時代の大谷には、「熱い男」ならではのエピソードが有ります。
当時住んでいた山口県で新日の大会が有った時、汚いヤジを飛ばす客に対して、「プロレスをバカにするなら出ていけ」と退去させた事が有るのだとか。
高校卒業後、家出同然に上京し、かなり劣悪な環境のアパートに暮らしながら、浜口ジム&新日に入門。
19才で天山相手にデビュー。
当時から負けん気の強さは秀でており、あの10.9では、Uインターのヤマケンこと山本健一(後の山本喧一)と熱い戦いを見せてくれました。
この頃の新日ジュニアは、ライガー、エル・サムライ、カシン、金本、大谷、高岩で盛り上がっており、1997年にはIWGPジュニア王座に君臨。
その後、海外遠征、ヘビー転向、武藤らとBATT結成を経て、高岩と共に破壊王の新団体ZERO-ONEに移籍します。
FMW出身の田中将斗とのコンビ「炎武連夢(エンブレム)」で一世を風靡しました。
しかし良い時期ばかりは続かず、破壊王のケガや団体の活動停止、そして大半の選手とともに後継団体ZERO1-MAXへ。
「熱い男」であるのと同時に、「義理人情に厚い男」であり、それが為に苦労を背負ってしまう「苦労人」と私は思っています。
周りからたよりにされ、自然と中心になる人というものは、身近にもいるものですが、恐らく大谷もそうでしょう。
ハッスルに出たのも、人気団体とは言い難いZERO1を広める為に出たのであって、大谷としては本意ではないのでは…?
(プロレス好きの私ですが、ハッスルやデスマッチは好きではありません)
ライガーとの対戦当日には、大谷も47才。
近年は60越えのレスラーも何人かいますが、それでも若いとは言い難い年齢です。
そろそろZERO1を背負うのは若い選手に譲り、もっと自由に色々な選手と楽しんで戦っていって欲しいものです。
そう、BATTで一緒だった武藤のように…
といったところで、記念すべきライガーのZERO1に参戦まで三週間弱。
一つ気になるのは、大谷のタッグパートナーが高岩なのは良いとして、ライガーのパートナーが何故サスケなんだろう…ということ。
サスケが悪いというのではなく、ライガーがZERO1に参戦して大谷、高岩と戦うという事は、かつての新日ジュニアオマージュですから、佐野とか金本…
或いは近年のタッグパートナーとなる事が多いタイガーマスク。
欲を言えば、初代タイガーマスク(佐山)とのコンビで出て欲しかった(>.<)
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