ずいぶん前ですが、ラントレーニングとして、京成千葉中央駅から走った事が有りました。
R357とR14を走るのですが、クルマでは気づかないようなモノが、チョコチョコと気になってしまい、ついつい寄り道しがちのランになりがちでした。
そんな中、ここはどうやって走ったら良いのか?と思ったのが幕張ICです。
このICはかなり変則的な構造で、下りランプと上りランプは別々に有るのではなく、下りランプ車線が、一般道であるR14の車線に合流せず、そのまま上りランプ車線となっているのです。
つまり、R14を東から道路左端を走って行くと、左手から下りランプ車線が平行し、上りランプが分岐するまでの間、左から右、そして右から左へ車線変更でするクルマが混在するのです。
これは怖い((( ;゚Д゚)))
これが下りランプ車線が平行せずに一度R14に完全に合流するなら、左から来るクルマだけ、次いで右から来るクルマだけを気を付ければ良いだけですが、どっちからもクルマが来かねないという状況では、走って抜ける気になれません。
車線が合流する場所で、手前で車線変更するクルマと、合流ギリギリで変更するクルマが混在し、渋滞を助長する一因となっている事が有ります。
こうした場合は、合流する先端で車線変更するのが良いと聞いた事が有ります。
しかし、幕張ICのように下り兼上り車線が有る場所では、下り合流を先端で行うと、下りと上りの動線が交差して危険ですから、下りを長めにとるとしても、その車線変更は手前側であり、奥側のそれは上りランプに入るクルマの為のレーンと考えるべきでしょう。
R14はここから片側一車線となり、少し先の信号の列がこの辺りまで繋がって停まっている事も多いのですが、そうした時に並んでいる列を無視して、上りランプ分岐の位置まで進んで合流待ちし、上りランプに入るクルマを妨害している事も珍しくありません。
わざわざ右折車線を進み、並んでいる直進車線の先端で割り込もうとする奴同様、自分だけは待ちたくない、他の奴など知るか!という、何がなんでもオレ様優先の意地汚さが滲み出ています。
幕張ICも合流ラインを引いて、手前と奥側で上り下りを明示すれば少しは改善すると思いますが…
他の無駄なところで、一旦車線を絞るとかしているのに、スピードが出てしまいがちなIC周辺で何故野放しなのか?
因みに西行きばかりでなく、東行きも同じ構造です。
まぁそれはともかく…
この欠陥構造と、意地汚い連中のおかげで、徒歩で越えるには、なかなかスリリングな場所になっているのです。
でも待てよ…
近隣には、クルマ持っている人しか住んでいない訳ではないでしょう。
ならば、歩ける道は有る筈だ!
そう考えて、Googleマップを見てみました。
おっ、南側にこんな道が有った!
北側はどうか…
あっ!
なんだか秘密の抜け道めいたものが有る!
この秘密ルート、それぞれの入口はこんな感じだそう。
これは実際に走ってみなくてはいけないな…
という事で、去る土曜日。
帰路に走るつもりで、お昼過ぎにセントラルポートスクエアに行きました。
同所で開催中の、千葉県選手権大会の観戦です。
懐かしい方がいっぱい…
皆、挨拶は「久し振りです」ばかりです(笑)
そうそう、噂には聞いていましたが、一時ゴーストタウンになりかけていたポートスクエアですが、店舗も入って多少は賑やかさが戻ってきたよう。
それでも、活気有る!とは言い難いレベルですが…
そんなこんなで、1600過ぎにポートスクエアを出て、R357を歩き始めました。
走るつもりでしたが、それまで履いていたコーデュロイのパンツをバックパックに入れようとすると、端っこの接着が剥がれてしまうという…(>.<)
この状態で走ったりしたら、途中で何か落としてしまうかも…
で、歩く事にした訳です。
千葉駅辺りから西千葉駅辺り、歩道が実に広い!
いや、広いどころか、更に広げているのでは?
そんな人通り有る訳でも無いのに(クルマはいっぱい通りますが、歩く人は僅か)?
元々の歩道だって充分広いのですから、この辺りは車線増やした方が、余程良いと思いますが…
そうそう、昔はこの辺りが海岸線だったよう。
それを彷彿とさせる松林の名残です。
稲毛では浅間神社によってみました。
稲毛と言えば、ルネサンスに何年か通っていましたが、実は浅間神社は初めてです。
浅間〜というくらいですから、ここまで海だった頃は、富士山も見えていたのでしょうか。
R14に戻り、少し先で道の対岸に見えるこの建物、千葉トヨペット本社ですが、なかなか由緒有る建物として知られています。
以下は、同社のHPから。
「桃山式の純和風2階建てで、明治32年に明治建築界の元老で工学博土妻木頼黄氏の設計に依り、日本勧業銀行本店として東京麹町区に建築されました。
また明治43年には、一時期東京上野で開催された勧業博覧会の本館、迎賓館として使用されました。
その後、28年間にわたり、その威容を誇ってきましたが、大正15年京成電気軌道株式会社(現京成電鉄)に当時の金額で2万5千円で売り渡され、谷津遊園(現習志野市)内で楽天府の名のもとに、坂東妻三郎のプロダクションとして撮影場に使用されました。
その後、昭和15年12月に谷津遊園から現在の企業庁のある場所(現中央区長洲1丁目)へ移築し、今度は、千葉市役所庁舎として、20年の長きにわたり、その優雅な建物は広く市民、県民に親しまれてきました。
当時市場町通りには、ルネッサンス式県庁舎と桃山式市庁舎とが並び建ち、多くの人の関心を呼び、一世を風靡しました。
昭和38年、千葉市の新市庁舎の落成で姿を消すことになりましたが、この種の建物が他にないことから、その復元、保存が強く望まれ、市内に再建することを条件に、千葉トヨペット株式会社が無償で譲受け、昭和39年秋から、当時の金額で1億7千万円をかけ復元工事にかかり、昭和40年10月に完成しました。
旧市庁舎とそっくりの2階建て、屋根は建築当時の木造銅葺、躯体は鉄筋コンクリート造に変わりましたが、正面玄関の車寄せ部分や外観の色彩などは、当時の姿を模して風格を損なわないよう再建されました。」
私が生まれた時は、既に千葉トヨペット本社だった訳ですが、それからも半世紀以上過ぎているというのが素晴らしい!
更に進むと、バイパスから旧R14が分かれ、こちらに進みます。
それまでの6車線から2車線となり、クルマもぐっと少なくなります。
少し離れますが、検見川神社にも寄ってみました。
踏切を渡ると鳥居が有るというのが、なんだか楽しいです(((o(*゚∀゚*)o)))
お詣り(。-人-。)
また旧道に戻って西へ向かいます。
銭湯も有りました。
旧道右側の歩道を歩いていたのですが、直進と右折だけの┣字路を渡ろうとすると、左後からクラウンが急角度で右折してきて、軽く接触!
横断歩道へ一歩踏み出るかどうかの位置ですから、右折車が通るラインではありません。
幸い運転席のガラスが左肘に触った程度で、別に痛くもないですが、クラウンのドライバー、車内から下りもせずに、「大丈夫?」と聞いてきただけで、私が大丈夫の印に手を上げると、そのまま消え去っていきました。
ダメだなコイツ…
接触位置と角度を考えると、信号が変わりそう…と思って、クルマがいない右側車線経由で、前を見ずに右折したのでしょう。
運転中に前見ないバカは運転する資格無し!
免許返上しろ!
ナンバーの写真を撮ろうとも思いましたが、ダメ野郎とは関わりたくないので、消えるにまかせました。
何の怪我も無かったのは良いですが、もう一歩前にいたら、確実にはねられていたでしょう。
まぁバカは放っておいて先へ向かいます。
旧道はやがてバイパスに合流。
免許センターへ向かう道がオーバーパスする交差点が見えると、目的の幕張ICも目前です。
その前にファミマでトイレと軽い補給…おっ!期間限定ブラックサンダーラムレーズン味がまだ有った!
ブラックサンダーをポリポリ食べながら、幕張IC方面へ。
ここは昔、ビッグなんとかいうダイエー系列のステーキ屋さんでした。
何時の間にやらビデオ屋さん?
既に1800は過ぎている為、かなり暗くなっています。
ラブホ街の脇を歩いていくと、噂の入口が有りました!
先ずは下りランプウェイの下を潜り、次いで本線の下を潜ります。
ほんの1分程度で、全て潜りぬけてしまいますが、トンネル部分に照明は皆無ですから、女性は暗くなってからの利用はお薦めしません。
この位置の京葉道路、南側が高架で北側が堀割ですから、今度は階段を登って、引き戸を抜けると住宅街に出ます。
この引き戸は、通ったらまた閉めておかねばなりません。
おそらく、すぐ先が京葉道路本線ですから、危険を考えての事でしょう。
この近くには、相撲の阿武松部屋も有るよう。
ついでに南側の抜け道も歩いてみました。
こちらはクルマでも通行出来ます。
幕張ICからR14は2車線になり、いつも混み混み。
鷺沼城趾近くでR14を離れて裏道を進んで行くと、来月早々にイベントを行う「みはし湯ホール」の脇に出ます。
この先は、普段からルートを変えつつ、よく歩いている道…
さてさて
3時間半ほどかけて、秘密の抜け道を探索する事が出来ました。
次は元楽天府…現千葉トヨペット本社見てみたい!
戦前にこの建物が有ったという谷津遊園は、幼少の頃に何度か行った筈ですが、実は菊人形くらいしか覚えていないのです。
海上ジェットコースターが有名だったようですが…乗ったのかなぁ(´・ω・`)?
ログインしてコメントを確認・投稿する