…という言葉がかつて有りました。
幕末の頃、蘭学を積極的に取り入れた地として、佐倉は長崎と並び称されていたそうです。
所謂鎖国の時代を通じてオランダと通商していた長崎と、幕末の藩主堀田正睦の時代に蘭学を取り入れた佐倉とでは、その重みにかなり差が有る気もしますが…
老中主座を勤め、蘭癖大名と呼ばれた堀田に招かれた佐藤泰然が開いた医院を兼ねた蘭学塾が順天堂、現在の順天堂大学のルーツです。
有名なお城が少ない千葉県ですが、家康の隠し子の噂も有る土井利勝によって築かれた(その前から工事は行われていたようですが)佐倉城の名前は広く知られています。
日本百名城の一つですが、明治の廃城令で建造物は破却され、現在は城址公園となっています。
そして私の地元船橋市とは、八千代市を挟んでいるだけの隣の隣という近さなのに、まだ行った事は無し…
先日、その城址公園を見に行ってみました。
京成佐倉駅を出て南、観光案内所で地図を貰ってR296を西へ、徒歩10分ほどで城址公園です。
ここで一番目立つのは、国立歴史民俗資料館ですが、今回は中は入らず、公園内を歩きました。
先ずは姥ヶ池。
梅園…もちろん花はもうついていません。
梅は終わりでも、桜はまだ大丈夫、多くの人がお花見を楽しんでいます。
終戦までは連隊が置かれていたおり、病院も有りました。
あちこち歩いてみます。
堀田正睦とタウンゼント・ハリスの像が有りました。
正岡子規の歌碑も有ります。
(背景のトイレがちょっと興醒め)
開通間も無い総武鉄道に乗って、この地に来た事が有るそうです。
大手門の先には、麻賀多(まがた)神社が有りました。
これは、全国でも印旛沼周辺にしか見られない神社で、成田市や佐倉市などに18社…これが日本に有る麻賀多神社の全てです。
さて
佐倉城址公園の存在は昔から知っていますが、ここに行こう!と思った切っ掛けはこれ。
JRのポスター?に有った「ひよどり坂」です。
城址公園東に有る武家屋敷の近くに有るよう。
この地図(したの地図ではなく、観光案内書で貰った地図)分かり難いな…
佐倉高校の次を曲がったのですが、どうやら違う道のよう。
ならば、おそらくこちらに行けば有る筈…
あっ
有りました有りました!
ポスターで見た時は、こう見えても実際はほんの僅かな距離なんだろう…と思っていましたが、思ったよりは長い!
階段の長さは50mくらいでしょうか?
そして登りきったところが、武家屋敷の通りです。
(大聖院)
このお屋敷の庭を歩いていると、土の中からなにやら尖ったものが…
見ると、タケノコが顔を出しておりました、
掘り出したい…
さすがにここでは出来ないか…
なんと!
「坂の上の雲」でお馴染み、児玉源太郎氏もここにお住まいだったとは…
そんな感じで歩いて、今度はJR駅へ。
なかなか良い佐倉散歩でしたo(^o^)o
桜花
飾る城跡
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夜明けを想う
侍小径
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