…と言い切るのは間違っていることはわかっています。
高校2年生のとき宮城県沖地震を経験し、アパートの外壁が崩落、
鉄骨がむきだしになった我が家をみて腰が抜けました。
家が傾き家具が転倒し、ブロック塀の倒壊で死者も出ました。
家の1階がつぶれて、1階にいた人間が圧死したのもありました。
大地震は大地震で大変な災害です。
でも、それに津波を伴うと、本当に悲惨な大災害になってしまうのです。
つい先日、NHKで「ただの海水の津波」と「海底ヘドロを巻き込んだ津波」の
破壊力の強さ比較をやっていました。
津波の海水が最初が透明だったのにすぐに真っ黒になったのは知っていました。
津波後に街に残った水も真っ黒でした。
あれは海底のヘドロが強い水流で巻き込まれた海水で、
ふつうの海水の数倍の破壊力を持ち、吸い込んだときの人体障害も重症、とのこと。
納得しました。
宮城県だけで9千人以上が亡くなり、そのうち3千人はわたくしの住んでいる街です。
津波後の街に、死体がごろごろ転がっていました。
収容されたあとには、小さい赤い旗が立てられました。
ビルの2階に自動車が突き刺さり、運河にかかる橋には漁船が乗り上げていました。
なぜこんなことを延々と書いたかといえば、
先日、やはり震災関係の日記を書いたときに、こんなコメントをされたのです。
「自分は東京ですが、こっちも揺れたから被災地で被災者ですよ」
「被災地被災者っていつまでも被害者づらしてたら何もできませんよ」
「援助をあてに楽に暮らそうなんて虫がよすぎます」
その方の言葉どおりではないですが、こう聞こえました。
ちなみに自分の家は、水をかぶらないぎりぎりの場所にあり、
電気などライフライン復活も市内では一番早かった。
だからこそ、一番ひどい地区からの避難者が集まり、ひどい話をずいぶん聞きました。
その話を、このコメントをした人間に聞かせてやりたい。
それでも「自分も被災者」「いつまでも被災者づら」って言えるんでしょうか?
被災地は一生懸命前をむいて進んでいます。
でも、あれだけの傷を心にカラダに家に土地に仕事に家族に負ったなら、
ときどき傷が痛んで動けなくても当然ではないでしょうか。
それを、多少家が揺れて家に歩いてかえったくらいの人間に
「被災者づらするな」と言われるのでしょうか?
大事なのは、大きな天災で最大どれだけの被害が出たのかきちんと認識することだと思います。
自分も大きな揺れで恐怖を感じ、いろいろなものに不足で不便を感じたのなら、
一番ひどい場所ではどうだったか、知るのは大事だと思います。
次は、あなたがその立場に立つかもしれません。
そのとき自分はどうすべきなのか、そのために何を準備するのか、
どうぞ考えてください。
被災者は同情してほしいのではありません。
こういう大災害は、残念ですが必ずまた、日本のどこかで起きる。
「どうせ大したことはない」と思っていると、自分たちと同じいひどいめに遭う。
絶対にそんなことはあってはなりません。
あの震災の経験を生かした準備を、どなたにもしてほしい。
だから忘れてほしくない、実際の被害を知ってほしいのです。
■なお5万2千人避難、人口減にも拍車 東日本大震災8年
(朝日新聞デジタル - 03月11日 00:05)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=5532215
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