■横綱稀勢の里が引退へ 初場所、初日から3連敗で決断
(朝日新聞デジタル - 01月16日 09:01)
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第72代横綱稀勢の里寛、とうとう(あるいは「やっと」)引退ですか。先場所の初日から四連敗のあと途中休場して横綱審議委員会から「激励決議」を言い渡され、事実上、今場所は15日間しっかり横綱として土俵を務めあげられなければ即引退を突きつけられ、「進退を賭ける」土俵とならざるを得ない状況となったわけですが、合い口の良かった(これまで過去通算6勝1敗)初日の対戦相手たる小結御嶽海には左差しも不発で御嶽海に右押っつけからの巻き替えから両ハズでの押し出しに沈み、二日目の逸ノ城戦では三度の待ったから四度目に漸く立つも逸ノ城の右往なしでよろめいて僅か7秒5であっさり叩き込みに屈し、昨日三日目には「激励決議」のもととなった先場所の四連敗の相手であるベテランの栃煌山に両差しを許して残す腰なく呆気なく土俵を割って僅か7秒4の寄り切り。連日の力の入らない土俵で三連敗で、いくら今日の相手が初顔合わせの錦木だと言っても二場所続けての初日からの四連敗となれば全く"お話にならない"事態であり、あれが"見納め"なんだろうな、そうじゃなきゃ"常識はずれ"と言っても仕方ないなと思って、テレビ桟敷で見ていましたね。
ま、二日目が終わった段階で現役引退が語られても不思議はなかったと思いますが、一度は軍配を貰いながらではあったものの先場所「横綱として初日から四連敗」と言う不名誉な事態となった(さらに、初優勝のチャンスのあった場所に黒星を喫した)その"因縁の相手"に両差しを許してたった7秒4で散ったと言うことは、やはり大きかったと思います。今朝、師匠の田子ノ浦親方(元前頭8枚目隆の鶴)が「稽古はしっかりやっていた」とコメントし、前日にも「まだまだ巻き返せる。なかなか白星につながっていないが、前に出ようとしているし、それを信じてあげないと」と語ったその"一縷の望み"も潰えたことになりました。新十両当時に締めていたのと同じ臙脂色の締め込みに変えたのも"徒花"となった、と言うことでしょう。
それにしても、稀勢の里について、優勝がなく終わった第60代横綱双羽黒(北尾光司)の"数々の反省点"を受けた形で第63代横綱旭富士(現:伊勢ヶ濱親方)から第70代横綱日馬富士(引退)まで遵守し続けてきた「大関として二場所連続優勝」と言う横綱昇進基準を適用せず、それに付帯する「それに準ずる成績」の解釈を平成28年の1年間における「(最後までの優勝争い、14番以上なき)年間最多勝」にまで拡大と言う、事実上大幅に緩和させた基準をもって平成29年一月場所の初優勝(14勝1敗)で横綱(第72代)に昇進させた(14勝1敗の初優勝で昇進させたのは第71代横綱鶴竜も同じだが、その前の場所で14勝1敗で決定戦に臨んで白鵬に敗れている)横綱審議委員会(横審)の判断にも当時疑問を感じていましたが、大関としても平成24年五月場所のように11日目にして星2つ差の単独トップにつけながら12日目に前頭4枚目の栃煌山に敗れて以降結果的に11番に終わり、前頭7枚目の旭天鵬(現:友綱親方)の初優勝(栃煌山との決定戦を制した)を許したように、10番以上、13番勝つことはあっても最後まで賜杯レースに加われずに終わる土俵が続いており、稀勢の里こそ「それに準ずる」抜きで「大関として二場所連続優勝」を遵守させて横綱に昇進すべきと思っていましたね。
新横綱の平成29年三月場所こそ13勝2敗で優勝しましたが、その場所で負った左胸部の負傷の影響で横綱在位12場所(今場所まで)中皆勤はその場所と平成30年九月場所(10勝5敗)の2場所のみ、横綱として36勝36敗97休(今日などの不戦敗含む)と言う成績に終わり、「心・技・体」の充実と言うイメージに及ばず、歴代の横綱としても不成績に終わった一人として記憶される存在になった稀勢の里。「日本出身の横綱を」との世論の後押しがあった中とは言え、無理に、強引に横綱に昇進させた"つけ"が出た第72代横綱の12場所となったと思います。
協会への引退届提出、引退会見を経て、20代前半にして取得していた「荒磯」の年寄名跡を襲名することになると思われますが、後進の指導とか解説とかのイメージの沸かない人であり、「激励決議横綱」たることが付きまとう親方生活になって行くのではと思いますが……。
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