富士市を歩いているさなか、入ってきた一本の知らせ。
それは、昨秋の退官祝いで40年振りくらいでお会いしていた小学校5〜6年の時の先生が急逝されたという連絡でした。
退官祝いから半年以上経つとは言え、あんなに元気そうだったのに…
小中高合わせて、担任の先生は9人。
亡くなられた先生が圧倒的に印象に残っています。
また、担任としては小5〜6の2年間ですが、私は近所に有った柔道教室で教わっていたので、同級生より1年ほど早く先生に接しており、怖さもよく知っておりました。
最近の学校はそんな事無いと思いますが、私と同じくらいの世代の方は、「学年に1人は怖い先生がいたぞ」「ひっぱたかれるなんて日常茶飯事だった」という方は多いと思います。
父兄側もいわゆるモンスターペアレントなどおらず、「先生に怒られるのは、怒られる事をするお前が悪い!」というのが普通でした。
そして、学年に1人はいる「怖い先生 」 の中でも、この先生の怖さはケタ違いです。
サッカー部を教えていた事も有り、校内では大抵ジャージ姿。
竹刀などは持っていませんが、平手どころか鉄拳や蹴りがとんできた事も有りました。
一度、校長先生と我が家まで謝りにいらした事も…
その2年間、クラスの絶対君主であり、逆らうなどという事は思いもよりません。
逃げ出したいとか思った事も有りました。
とは言え、私の中に先生への悪感情は全く有りません。
絶対君主であっても暴君ではないし、「熱血」という言葉そのままのような方で、正義とか道理とかに対して厳しく、そして実に公平で信念を持った先生でした。
殆どの生徒は、怖れつつも尊敬していたと思います。
当時は我々と先生の間には天と地ほどの差を感じておりましたが、 今にして思えば、当時教師歴数年くらいでしたから、学校内では若手で、年齢的には校長先生より我々の方がずっと近いでしょう。
そんな天と地だった頃と異なり、昨秋お会いした時は、ちょっと先輩後輩くらいの感覚でざっくばらんなお話をして戴けました。
思い出はいっぱい有りますが…
お通夜には、つい最近の教え子でしょうか、高校生?も大勢来ており、入れ替わり立ち替わり、凄い人数になっています。
我々の頃は1クラス45人くらい、今はもっと少ないとしても、40年くらい続けられてきたのですから、担任しただけでもおそらく1000人以上か。
1日くらいでは連絡つかない人も多いし、様々な理由で都合つかない人も多いでしょう。
それでもこれだけの教え子が集まるという事は、我々の頃と同様、信念を貫いてきたのだろうな…と嬉しく思います。
私と同じ代は10人少し?
昨日の今日で、しかも40年くらい経って、あちこちに散らばっている事を考えれば、45人くらいのうち10数人が集まるとは…かなり凄いと言って良いでしょう。
改めて偲ぶ会などが有ると良いですが…
先生の事ですから、我々が湿っぽくしているより、わははと楽しそうに笑っている方が喜んで下さる筈です!
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