拙宅が有る船橋市と習志野市にかけて、津田沼という街が有ります。
一部には、津田沼は船橋と習志野どちらのもの?なんて論争も有るらしいですが、津田沼の商業地域で栄えているのは、大半が習志野市です。
PARCOは殆どが船橋市ですが、あと船橋市なのは津田沼駅の1/3くらい、そして北口の飲み屋街くらいでしょう。
そもそも、津田沼という地名は谷津、久々田、鷺沼という地名の合成語であり、それらは全て習志野市に有ります。
私は船橋市民ですから船橋市の肩を持ちたいのは山々ですが、かの論争の答えは、市街の一部を除き、津田沼は習志野市と言えるでしょう。
さて
習志野という地名が、明治時代の陸軍演習に際して、明治天皇が命名された名前である…という事は以前も書きましたが、かつて、第一次対戦でのドイツ軍(凡そ1000人)の俘虜収容所が習志野に有った事も広く知られております。
ここにいたドイツ兵は、応召の兵(つまり職業軍人ではない)が多かったよう。
手に職を持つ人も多く、収容所内でオーケストラの演奏や演劇が行われたり、地域住民との様々な交流も有ったようです。
その中で、石鹸やマヨネーズ、ソーセージ、コンデンスミルクなどの技術指導も行われたそう。
中でもソーセージは広く知られており、カール・ヤーンら5人が公開した秘伝が日本全国に伝わっていった事で、日本にソーセージが広まったとされています。
…といったところで、冒頭の津田沼に戻りますが、先日、モリシア前津田沼公園にて「ソーセージ&ビールフェス」というイベントが行われました。
ちょっと覗いてみると、たくさんの人が集まっていましたが、「習志野ソーセージ」の旗旗旗…
前述の故事に因んで、「習志野ソーセージ」ブランドを確立したいという事でしょうか。
他の場所でも、この名前がもっと知られるようになると良いなぁ(゜▽゜)
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