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2017年05月23日10:33

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三十四分の七の功徳

結局成就しなかった、去る土曜日の安房国札三十四観音霊場巡りbyロードバイク。
成就していないとは言え、それでも七霊場は回ってきました。

少々寝坊気味で、0930くらいに漸く道の駅とみうらをバイクで出発、一番霊場の那古寺には迷わず到着出来ました。
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本堂はすぐ前に有りましたが、少し奥には観音堂なども有るよう。
せっかくなので、こちらにも行ってみました。
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続いて向かったのは、二番の新御堂。
今回、ナビゲーション用に館山市の地図を使っています。
地形図なら一番良いのですが、範囲が広いため、それだと何枚も必要になってしまい、現実的ではありません。
ガイドブックから、各霊場の場所を調べてマーキングしていました。

しかし、地図に名前が有るような場所ばかりではなく、中には載っていないものもかなり…
この二番新御堂もそうでした。
しかも、ガイドブックの案内図がザックリし過ぎてよく分からない…
おそらくこの辺りだろうとマーキングしていましたが、実際その場に行き、寺社っぽいのが有る!と思えば、そこに有ったのは八幡神社。
あれっ?

概ねこの辺りなのは確かですが、なにしろ元データが曖昧なので、地図上ではそれ以上特定出来ないのです。

あっち行ったりこっち行ったりして、暫し周囲をウロウロ…
漸く八幡神社の奥に新御堂を見つけました!
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一番の那古寺はそれなりに人がいましたが、こちらは実にヒッソリとしています。
ご朱印戴くにも、どなたかいらっしゃるのかどうか?

この新御堂を出た時点で、既に1030を過ぎています。
一番につき約30分か…

霊場と次の霊場は近いところも有りますが、中にはその間の移動だけで1時間はかかりそうな場所も有ります。
一番二番は中くらいの距離ですが、それでも意外に時間がかかりました。

山門で写真撮ってすぐ移動すればまだ早いと思いますが、それでは単なるフォトロゲであり、霊場巡りの意味が有りません。
この時期、日が長いですから、1800過ぎまで行動していても問題無いと思いますが…
ううむ…如何したものか。

間違い無く言えるのは、朝がゆっくり過ぎた事でしょう。

そして三番は、崖観音。
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時間が…と思いつつ、階段で観音堂まで登ってみました。
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この時期らしく、館山湾=鏡ヶ浦はなんだか靄っています。
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そして、三十四霊場とは異なりますが、崖観音隣の諏訪神社にも行ってみました。
ここは、去る3/4に「生活が困窮して逮捕されたい」という犯人により放火され、本殿などが全焼した場所です。
この事は、以前日記に書いていました。
http://s.ameblo.jp/hamachann51/entry-12258306084.html

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鳥居を潜ると階段が有り、登って行くと黄色いテープが張られて立入禁止となっています。
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そこからチラリと見える本殿の辺り?は、足場が組まれていましたから、再建工事のさなかという事でしょうか。
再建後、ここには改めて来てみたいものです。

四番真勝寺、五番興禅寺は南房総市市役所近く。
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どちらも私以外に人がいない静かな場所でした。
そして、興禅寺にはなんと青岳尼の供養塔が!
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戦国大名里見氏に里見義弘という人がいました。
里見家の内訌を勝ち抜き、小弓公方足利義明と組んでの有名な国府台の戦をはじめ、後北条氏と戦った中興の祖として知られる里見義堯(よしたか)の子にあたります。
この義堯から義弘の時代が里見家の全盛期と言って良いでしょう。

この里見義弘が水軍を率いて北条領の鎌倉に侵攻した際、尼寺から連れ去り、正室としたのが青岳尼です。
一説には、青岳尼は足利義明の子であり、幼少期から義弘と顔見知りだったとも?
この辺りの真相はよく分かりませんが、安房に移ってからの青岳尼はあまり長く生きれなかったよう。

戦国に似つかわしくない悲恋物語と言うべきか…

さて
次は六番長谷寺。
こちらはよく知っている安房勝山の近く。
R127を北上、トンネルを幾つも潜ります。
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すぐに見つかり、石段を登ったところで、ちょうど正午のサイレン?チャイム?どんな音か忘れましたがここで鳴り響きました!

この分だと、1300に八番日本寺(鋸山)ギリギリ到着くらい?
時間かかる…

その前に七番天寧寺…
鋸南冨山IC近くで、こちらもすぐ分かりました。
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ガイドブックによると、すぐ近くには「世界の猫グッズ博物館」が有るという事ですが…現在はどう見ても空き家。
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津辺野山の近く、佐久間小学校(廃校)並びにも同じ名前の場所が有りましたから、ひょっとしたら移転したという事かもしれません。
http://ameblo.jp/hamachann51/entry-12146927213.html

何はともあれ、次は鋸山の日本寺。
バイクでどこまで行けるのかな?

ここで走り出して間も無く、前の日記に書いたシューーーという空気が抜ける音がしたのです。

そこに書いたとおり、タイヤが裂けかけてチューブが覗きそうな状態、これによる連続パンクでこれ以上のライドを諦めた訳です。

アクシデントによる断念とは言え、本来はもっととんでもない事が有るところ、朝からお詣りをしていたお陰で、この程度で済んだという事でしょう。
ありがたやありがたや。

さて
そして、到着した道の駅とみうら。
朝は空いていた道の駅ですが、いつの間にかかなりクルマが増えています。
これは、駐めさせて戴くだけでなく、なんか買って行かないと!
枇杷カレーと醤油サイダーを購入、そして枇杷ソフトクリームを戴きました。
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電車待ちと、道の駅でウロウロしたお陰で、この時点で1510くらい。
それでも、時間がまだ早いので、滝田城址へ行ってみました。

ここは、かの南総里見八犬伝にも登場する、由緒正しき里見の山城です。
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クルマを駐め、案内とおりに歩いていくと、登山道となりました。
観光案内的には滝田城址ですが、ここは遠見山(とっけんやま)という名前も有る山なのです。

入口辺りは意外に急でしたが、あとはなだらかな尾根道が続きます。
やや急な登りを過ぎると、ガイドブックにも載っていた伏姫と八房の像が有りました。
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これはなかなか良い感じです。
岩井駅前に有るハート付の像より遥かに好感を持てます。
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この像のすぐ先には、土俵のような石積みの四角い台が有りました。
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更に先へ進んで本丸跡。
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…は良いのですが、この場所には送電鉄塔が建っています。
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なんだか無粋な(-_-#)

このすぐ下は広間の跡となっています。
この辺りで引き返しました。
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そう言えば、アレは見当たらなかったな?
以前見たガイドブックには、木造数階建ての望楼が有った筈ですが…どこに有るんだろう?
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帰宅してあとで調べたところ、驚いた事に伏姫&八房像の先の土俵みたいのが、なんとその望楼の土台だったよう。
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いつの間に無くなってしまったのだろう?
いや、愚か者には見えない素材で出来ていたのか?

ネットで調べたところ、土台の上に望楼が建っている写真、或いは土台だけの写真は見つかりましたが、撤去したという記事は見当たりません。

すぐ近くの伏姫&八房像や、周囲の木々がなんともないですから、火災などではないでしょう。
考えられるのは、老朽化などによる安全性の問題か。
もっと早く来るべきでした(∋_∈)

さて
リベンジはなるべく早期に行いたいですが…
早い時間にスタートできるよう、前の晩移動とかも考えておくべきかもしれません(  ̄▽ ̄)
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