度々書いておりますが、私は昔からの歴史好き。
何事もマニア体質な私は、戦国時代や幕末ばかりでなく、鎌倉時代末期から南北朝…いわゆる太平記の時代も好きです。
ずいぶん昔に、「天下を取り損ねた男」というタイトルで三好長慶の事を書いておりましたが、この中でもっと広く取り上げて欲しい「天下を取り損ねた男」として、大塔宮護良親王の名前を出しました。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1537268833&owner_id=206350
大きな書店の歴史書コーナーでも、登場はするものの、大塔宮を取り上げた文献を見る事は、まず有りませんでした。
しかし、応仁の乱が最近注目されている事を先日書きましたが、なんと大塔宮の本が出ているのを発見!
もちろん、関連の書籍と一緒に即購入d(⌒ー⌒)!
大塔宮の父親は後醍醐天皇。
そして、今まで私も詳しく知らなかったのですが、母親は特定できておらず、かつては北畠家の出とも言われており、この場合、「神皇正統記」の北畠親房と従兄弟となるとか…
近年、この説は主流でないそうですが。
戦前は、天皇に敵対した足利尊氏=悪という図式から、必然的に南朝=正義という風潮が強かったよう。
しかし建武の新政とは、日本中で武士が大きな力を持っていたこの時代に、天皇親政を目指した訳ですから、武士の力を上手く利用しなくてはいけないのに、それが出来なかったという事でしょう。
なにしろ、武士とは働きに応じて恩賞を与えていかねばならないのです。
尊氏云々ではなく、この時代の天皇親政というものは、早晩崩壊するしかなかったのでは…
要するに、この時代がこんなに戦乱続きだった原因の大半は、後醍醐天皇に有ると、私は思っています。
親子であるのに、そんな天皇から嫌われた大塔宮は、捕縛され鎌倉に幽閉、間も無く斬られてしまいます。
尊氏よりもっと前から、倒幕の為に戦っていたのに。
もっともっと、多くの人に知ってほしい「天下を取り損ねた男」です。
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