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2017年03月20日19:40

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テレビを見れば。。。。part0139



 はーーー、大震災から6年の年月がたってしまった。ついに始まらなかった民進党政権の「責任追及」を考えるとほんとうんざり(怒)。去年、予告した「動乱」はすでに韓半島では始まっている。もう誰に求められない(怒)。歴史を学ぶ者にとって現状は不気味なほど「大正末期から昭和初期」にかけての「動乱」と「酷似」している。そこでちょっと今日は関東大震災から「原爆投下」までの経緯を振り返ってみようと思う。


1923年 � �日英同盟失効。

同年    関東大震災発生。帝都が丸焼けになり10万人が死亡。

1924年 アメリカで排日移民法が成立。チャイナで第一次国共合作、孫文、国民党をソ連に売る。

1925年 �◆�日ソ基本条約締結、日ソ国交を樹立する。

1926年 大正天皇崩御、昭和改元。

1927年 ソ連主導による南京虐殺事変発生。中ソ断交する。

1928年 ソ連工作員が満州軍閥張作霖を爆殺。日本軍に罪を擦り付ける。

1929年 田中義一総理が「勅勘」を被り内閣総辞職、同年9月急死する。

   同年 ��、満州軍閥張学良が事件の報復としてチャイナ国民政府に投降易幟する。

   同年 ニューヨーク証券取引所で株価が大暴落、世界恐慌始まる。

1930年 ロンドン軍縮条約締結。加藤寛治・犬養毅・鳩山一郎が統帥権「干犯捏造」事件を起こす。

   同年 濱口雄幸総理暗殺事件発生。

1931年 �ぁ∨�州事変、関東軍・朝鮮軍が独断で全満州を武力制圧。

1932年 第一次上海事変、日本軍居留民保護のためチャイナに出兵。

   同年 515事件発生、犬養毅が暗殺される。

   同年 �ァ�国際連盟リットン調査団が来満、日本擁護の報告書を提出。

1933年 �Α⊂床�洋右・斎藤実が国際連盟を脱退、日英協商関係断絶。

   同年 大角岑生海軍大臣による粛清人事により海軍「条約派」壊滅。

   同年 今上陛下ご生誕。

1934年 �А⇔Ψ馨覆�国家社会主義扇動パンフレット「国防の本義と其強化の提唱」を配布。

   同年 日本、「艦隊派」主導でワシントン海軍条約を破棄。

1935年 �─∪�府・国体明徴声明。「天皇主権説」を公的に採用し立憲主義を放棄する。

1936年 日本、「艦隊派」主導でロンドン海軍条約を脱退。海軍大軍拡時代に突入。

   同年 226事件発生、昭和天皇反乱軍鎮圧を命ず。

   同年 ��、広田弘毅・寺内寿一・永野修身が軍部大臣現役武官制を復興する。軍部が内閣に拒否権を獲得する。

1937年 文部省が皇国史観宣撫パンフレット「国体の本義」を配布。

   同年 ��、近衛文麿「独裁政権」成立。チャイナに軍事侵攻を命令し8年戦争勃発!

   同年 近衛文麿・米内光政が「暴支膺懲」を唱え上海へ進撃を命ず(第二次上海事変)。

   同年 チャイナ国民政府がで第二次国共合作に踏み切り、共産軍を国府軍に編入。

1938年 近衛文麿「国民政府を対手とせず」の声明をもって戦争継続を宣言。トラウトマン和平工作打ち切り。

   同年 ��、国民総動員令発令。昭和13年体制(ジャパン・ナチズム)成立。

   同年 翌々年の東京オリンピック開催を返上。

   同年 日本軍、武漢三鎮占領。何故か重慶攻略を放棄し持久戦に入る。

1939年 ��、ノモンハン事変。関東軍司令部の「裏切り・サボタージュ」により一師団半の兵力が壊滅。

   同年 ��、ドイツ軍、ポーランド侵攻。第二次世界大戦勃発!

   同年 日米両国が第二次世界大戦に不介入を宣言。

1940年 ドイツ軍、フランスに侵攻しパリ陥落。

   同年 ��、近衛文麿再組閣。大本営政府連絡会議にて南方侵攻を決定。

   同年 日独伊三国軍事同盟成立。

   同年 朝日新聞社・毎日新聞社の積極的協力で内閣情報局設立。情報統制始まる。

1941年 ��、日ソ中立条約締結。日本、大陸枢軸同盟に加盟。

   同年 ナチスドイツがソ連に侵攻。独ソ戦始まる。

   同年 近衛文麿、日本軍に南部仏印侵攻を命ず。

   同年 �亜�東条英機「独裁政権」真珠湾奇襲を命令。日米戦争始まる。

1942年 ドーリットル空襲。

   同年 �院▲潺奪疋ΕДい納舂牢和發�壊滅。たった半年で坂道転げ落ちるように負け始める。

1943年 ドイツ軍、スターリングラードで降伏。

   同年 日本軍、ガダルカナルから撤退。

   同年 国運賭けた戦時にだーーれも「志願」しないので東条英機がぶち切れて学徒出陣(苦笑)。

1944年 トラック島航空戦に大敗。中部太平洋の兵站基地が壊滅。

   同年 マリアナ沖海戦。日本海軍バルチック艦隊なみに大敗。

   同年 �押▲汽ぅ僖鶸挈遏J瞳垣簑亶駛廟�を突破。

   同年 近衛文麿、敗戦を隠蔽するために東条英機を引き摺り下ろし小磯國昭を首相に就ける。

   同年 �魁▲譽ぅ導だ錙�再び日本海軍バルチック艦隊なみに大敗。連合艦隊事実上壊滅。

1945年 フィリピン陥落。

   同年 硫黄島全滅(ToT)。

   同年 米軍沖縄上陸。

   同年 鈴木貫太郎が「終戦」内閣を組閣。

   同年 ベルリン陥落。ヒトラーが自殺しナチスドイツ降伏。

   同年 ソ連、日ソ中立条約を侵犯して満州・千島・樺太に全面侵攻。満州・シベリア大虐殺発生。

   同年 �粥�広島長崎に原爆投下。日本降伏。米軍に全土が軍事占領される(ToT)(ToT)(ToT)。
 

全ては日英同盟の「失効」から始まった。それが全てだった(怒)。失効の外交論的な批判はいずれ必ず書くが今日は割愛する。繰り返すがそれが全てだった(怒)。「失効」からちょうど半月後、まるで八百万の神々が「神風」を拒否した日本人を罰するかのように関東大震災が日本を襲い、東京は丸焼けになった。そこで立ち止まって誰かが「考え」れば少しは展開違ったのかもしれないけど


誰もなーーーんも「考え」ていなかった(怒)。


カウンターはすぐ来た。アメリカで後に大戦の遠因ともなった凄まじい「反日レイシズム」運動が吹き荒れ、チャイナではあれだけ面倒を見た孫文がアッサリ日本を裏切って国民党をソ連に売った(黒笑)。みんな、ここで気付こうよ。日英同盟があれは絶対ありえなかった話なんだから(-_-;)。後は転がり落ちるようなもんだった。「決定打」はすく後に来た。「�◆�日ソ基本条約締結、日ソ国交を樹立する。」だ。後藤新平と幣原喜重郎の「デーモン・コンビ」が繰り返された日本民間人大量虐殺事件(尼港事件等)さえ隠蔽して「無賠償」で修交しやがった(怒)。ソ連は


「ロシア帝国」の領土と権益は継承しますが、債務と賠償は継承しません(BYトロツキー)。


とふざけ切った事抜かしてたんだから、ソ連の「領土権」なんざ認める必要なんか全然無いのさ。同じ連合国の一員として第一次世界大戦中「ロシア帝国」に貸し付けていた武器・弾薬・艦艇・借款全部踏み倒された。趣意返しに北樺太だけでなく樺土(沿海州)とアムール州に居座ってそのまま「満州国」を建国しちまえばよかったんだ(怒)。勘察加も取り戻せばいい(怒)。自分の無能棚に上げて「なに一つ国家に利益をも齎すことのなかった外交上まれにみる失政の歴史である(BY加藤高明)」とは何事か(激怒)!こういうデタラメを許せばそれが拡大した形で必ず帰ってくる。尼港事件での被害は800人ほどだったが満州・シベリア大虐殺の被害はざっと軽く見積もっても1000倍の80万人だ。次1000倍になったら日本の人口は「マイナス」だよ(黒笑)。日本においては「日英同盟≒立憲主義」なんだから、日英同盟の失効ど同時に「独裁制」への凄まじい「バイアス」がかかり始める。


まず、それはチャイナで始まった。


南京虐殺事変が起こった。建国されたばかりの中華民国で南北間の戦争が起こり、国民政府軍による日本民間人虐殺事件が起こったのだ。これが後の「日華事変(日中戦争)」の大きな遠因となった。ここでも後藤新平と幣原喜重郎の「デーモン・コンビ」が大活躍だ(怒)。アッサリ民間人を見捨てたのだ。この時、第一次上海事変の同様に「安全区」設置のために「部分出兵」し、


後藤と幣原を「銃殺」して置くべきだった(怒)。


蒋介石の方は虐殺を行った三個師団を即座に「解散」し、事件に関与した100人以上の将兵を「銃殺」し、ソ連との「断交」を実施しているのだ。日本もせめてこの二人の「銃殺」とソ連大使の「追放」ぐらいはするべきだった(怒)。おかげで張作霖を爆殺された挙句に「罪を擦り付け」られるし、田中義一総理が「勅勘」を被り明治式の統治システムに大きな「ヒビ」が入った挙句に、馬鹿息子の張学良が「反日」になって国民党軍を満州に引き込んだ(ToT)。直後にニューヨークで株価が暴落して世界恐慌まで起きる始末だよ。まさに踏んだり蹴ったり。なのに「護憲運動」とやらで出来た議会はまったく機能せずついには「統帥権干犯」を「捏造」する始末(-_-;)。


この辺から、今でも続く新聞と議員による事実の「隠蔽」と「捏造」が始めるんだよね(ToT)。


ロンドン軍縮条約締結が「統帥権干犯」なわきゃあない(怒)。帝国憲法の第12条にはっきり書いてあるじゃん。「天皇ハ陸海軍ノ編制及常備兵額ヲ定ム」と。加藤寛治・犬養毅・鳩山一郎の「捏造トリオ」を批判する奴がいないのは絶対おかしいぞ!誰がどう見たって1930年のロンドン軍縮条約議会で起こったのは


「捏造トリオ」による天皇の「編成大権」の「干犯」てはないか(激怒)!


あげくに濱口雄幸総理暗殺事件が起こり日本は「テロの季節」へと落ち込んでいく。濱口総理暗殺犯の処置等を追ってみると「海軍」系列人物の動きが見られる。本業デタラメな癖してこういう汚い動きだけはこの時期の海軍得意だよね(黒笑)。主力艦制限されて、航空機と潜水艦と言う新兵器が現れて、そしてなにより「ルーラー・オブ・ウェイブ」大英帝国との同盟が失効してるんだ、やるべき事が山のようにあったはずなんだけどね(怒)。またこの事件は裁判所がまだちゃんと機能していたのに警察と検察の内部が垂直落下式に腐敗堕落していく大きな契機となった事件なんだよ(ToT)。ほんと何とかしてほしいわ。そして、帝国陸軍の事実上の「反乱」第一号である


満州事変が起こる。


満州事変は評価が分かれる事件だ。はっきり書くね。これは日英同盟失効と日ソ修交という二つの外交的変動が日本に生んだ「必然的な事件」だったんだって(-_-;)。日英同盟という強力無比な「プロテクト」を失い、日ソ修交という絶望的な「裏切り」により「内部」に「敵」を持ってしまった日本が生存を求めて条件反射的に行なった


先制防御作戦だった。


だが日本は外部の「敵」を排除する行動に出ながら、内部の「敵」を放置した。治安維持法なんて何の役にも立ってない。当然事態はより悪化した。515事件で「捏造トリオ」の一人犬養毅が暗殺されたのだ。犬養毅自身は尾崎行雄と同レベルの「本物のクズ野郎」だったからその死はなんら惜しむに値しない(怒)。問題はその後に来た。なんと朝日新聞を中心に


「テロ殺人擁護キャンペーン」が大規模に展開され、犯人が次々と釈放されたのだ。


ぜひ、当時の朝日新聞を読んでみてほしい。悶絶して、吐き気が止まらないから。まさに「司法の自殺」そのものだった。ほんと、朝日新聞の読者は「知的水準が高い」よね(黒笑)。ついでにこの「馬鹿騒ぎ」は515事件何ぞより遥かに重要な「3つの事実」の隠蔽も兼ねたものだっただろう。それは


1、満州事変解決のため送られてきたリットン調査団報告書か極め付きに「日本有利」な内容だったこと。

2、「日本有利」な報告書を名目に国際連盟を脱退するのはそれを通じて日英同盟を代行してきた「日英協商関係」を廃絶することになる事。

3、海軍国と敵対するなら強化しなければならない海軍から有能な正統派士官である「条約派」が大角岑生海軍大臣によって追放されたこと


だ。当時、これほど重要な事態が起きているのに誰も「議論」しようとはしなかった(怒)。日本人には先天的に知的欠陥があるのではないかと我事ながら疑いたくなるぜ(-_-;)。この年、1933年に今上様がご生誕なされた事だけがホッとするニュースだ。だが、これで悪化は決定的となった。亡国・敗戦へのレールが引かれスピードがどんどん増していった。翌1934年には帝国陸軍内部の「共産党組織」である「統制派」が権力を握り、国防を名目とした日本の全体主義化(共産化)を開始する。海軍では「艦隊派」が権力を握りワシントン海軍条約を破棄して日本を勝ち目の無い「建艦競争」へと追い込んでいった。よく言われる「物量に負けた」は大嘘。戦闘効率でも絶望的に負けていた。この時期の帝国軍は


陸軍は「統制派」率いる権力上主義の極悪人(ファシスト)集団。

海軍は「艦隊派」率いる無能・無責任極まりないのキチガイ・ヤクザ(アナーキスト)組織。


だと考えるとわかり易い。ふーーーー(-_-;)、さすがに語るの嫌になってくるな。翌1935年には政府が「国体明徴声明」を出して立憲主義が公式に放棄されてしまう。だから言ったろ日本においては「日英同盟≒立憲主義」だって、実質的な日英同盟だった


日英協商廃絶から立憲主義が公式に放棄されるまでたった2年だった。


そこに行き着くまで多くの血を流して50年かけたんだけどね(ToT)。ここから原爆までたった10年だ(黒笑)。翌1936年、226事件で陸軍は権力の「直接掌握」を狙うがこれは先帝様の「雷帝の威」によって鎮圧された。だが間の悪いことに反乱の「実行犯たち」は「陸軍共産党組織」の傍流である「皇道派」の連中で、本隊の「統制派」はまったくの無傷。当然、行なわれるべき「粛軍」はいつものようにいつものごとく議員と新聞に隠蔽され、挙句に逆に「恫喝」されて広田弘毅・寺内寿一・永野修身の「極悪トリオ」が軍部大臣現役武官制を復興して


軍部に内閣に対する「拒否権」を与える始末だよ。


これで、戦争と敗戦と亡国を止める手立ては全て失われた。広田弘毅の東京裁判における処刑を批判する人がいるけどとんでもない話だよ。「極悪トリオ」は亡国へ向かう最後のストッパーを外した、つまり坂道を下り降りるダンプのブレーキ走りながらふっ壊したようなもんで、正しい意味で「腐れ外道」としか評し様が無い(怒)。ついでにインチキ歴史図書「国体の本義」を配布して「皇国史観」を広めたのもこの三人だ。さらに付け加えれば「皇国史観」や「天皇主権説」はもちろんデタラメだが、その対置語とされている「天皇機関説」も100パーセント間違っている。はっきり書くね。


天皇は「法統(法的伝統)」なのだと。


だから天皇は「法源」たりうるんだ。これ、法制通史概論の「主題」の一つだったんだけとナ(-_-;)。ま、詳しくは本編の方でやるよ(苦笑)。そして、翌1937年に近衛文麿が登場してついに大東亜戦争(8年戦争)が始まるわけだ。そこから先はまさに真っ暗闇。電気の送電まで規制されてほんとに「真っ暗闇」になった(ToT)。少し長くなったな。ここから先はまた次回語ろう。とほほ。



おまけにみくしー検索かけてみました。 ま、無いでしょうね。ふーー(-_-;)。

「日英同盟失効」

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