千葉の名峰鹿野山には、阿久留王塚というものが有ります。
むかしむかしそのむかし
日本武尊命の東征の際、この辺りで暴虐をはたらいていた豪族阿久留王(悪路王とも)率いる軍勢と戦い、破れた阿久留王を涙を流して許しを請いましたが、許されずに五体をバラバラにされ、この辺りに埋められました。
涙を流して許しを請いた場所が鬼泪山(きなだやま)であり、阿久留王の胴体が埋められた場所が現在に残る阿久留王塚…
…という事になっていますが、そもそも日本武尊命の存在も怪しいくらいですから、この話も伝説に過ぎないかもしれません。
しかし、朝廷に従わない豪族を征伐する為に朝廷が軍を遣わすという事は、後の蝦夷を見ても充分考えられます。
また、命が走水から海を渡る際に嵐にあい、弟橘媛が海に身を投げ、嵐を沈めたという伝説は広く知られており、「袖ヶ浦」や「木更津」の地名がその伝説に因むと言われていること、更にこの地に媛を祀る神社が有る事など、単純に伝説と片付けたくない気もします。
命が山頂に御殿を築いたとされる御殿山のように、千葉県には日本武尊命にまつわる伝説が多く残っているのです。
日本武尊命ではなくても、或いはそのモデルとなった事件は有ったのかも…
先に「阿久留王(悪路王とも)」と書きましたが、この「悪路王」という表記は勝者である朝廷側から見た悪意有る当て字です。
朝廷側の価値観では、朝廷に従うのが正義、従わないのは悪という事なのてしょう。
そして悪路王という名前は蝦夷の首長としても登場しますから(アテルイと同一人物とも言われているよう)、征伐した豪族の首長に対する、朝廷側の一般名称だったのでしょうか。
だとすれば、阿久留王という名前も、自ら名乗っていたという訳でもないのかも…
さてさて
こういった諸々を調べているうち、「阿久留王(作者露崎清美)」という小説が有る事を知りました。
おぉぉっ!
それはぜひ読んでみたい!
そう思いましたが、絶版となっているのかAmazonでも「現在入手出来ない」としか出てきませんでした(><*)ノ~~~~~
残念〜〜〜
阿久留王読みたいよー(  ̄▽ ̄)
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