私のスポーツクラブ歴は、1999年入会のセントラル習志野から始まりました。
途中、ルネ稲毛のスクールメンバーになったり、習志野閉館後はコナミ津田沼に一時いたりもしましたが、習志野の次は錦糸町、そして現在の市川とセントラルメンバーが続いています。
そもそもセントラルに入ったのは、友人の「スカッシュやってみよう」という声が切っ掛けでした。
スカッシュ自体は入会してすぐ始めましたが、スクール入ってしっかり始めたのは、たぶん4年ほどしてから。
近年は一頃のように熱心にやっていないものの、例えば移籍先のクラブも「コートが有る」を要件として選んでいます。
しかし…
皆様よくご存知のとおり、コートから他の施設への転換、或いは施設自体の閉鎖など、年々幾つものコートが無くなっているのが現状です。
ホームコートが無くなった結果、私のように他クラブに移籍する人、平日は無理なので週末だけ他クラブ利用する人、スカッシュ自体やめてしまう人など、色々な方がいらっしゃるでしょう。
習志野、稲毛、錦糸町でも何人かの方がラケットを置きました。
錦糸町自体、晴海や両国、小岩などからスカッシャーを受け入れていたでしょうし、その錦糸町が無くなってからは、千葉県葛南地域から東京東部において、市川の重要性が一層増しています。
譜代とも言うべき元々のメンバーさんに加え、あちこちのクラブから多くの方が市川メンバーとなりました。
私もその外様メンバーの1人です。
そして、先日は懐かしい方にバッタリ。
ハッシーさん、セントラル津田沼にて古くからスカッシュをされている方で、かつて千葉スカの活動を始めた頃、主に利用していたこのクラブでお会いしました。
当時は、千葉スカも初心者OKの募集型イベントとして行っていたのです。
セントラル津田沼はスカッシャーがあまりいないクラブで、ここのメンバーさんにすれば、コートにこんなに人がいるのは珍しい!という感じだったのでしょう。
何度もスカッシュご一緒して戴き、習志野にて開催した第一回あんぱんカップにもいらして下さいました。
セントラル津田沼自体はまだ有りますが、なんだかコートを利用出来なくなっているようなのです。
津田沼懐かしいなぁ…
タイトルは、クリスマスという事もチラッと考えて、ジャズ「聖者が街にやってくる("When The Saints Go Marchin' In"」)からパクりました。
Saintsと言えば、昔NFLを観ていた頃、ニューオリンズ・セインツも好きでした。
これは、ニューオリンズがジャズのメッカでもある事から、この曲に因んで名付けられたようです。
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