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2016年07月21日15:38

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テレビを見れば。。。。part0095


 さてと、緊急連載「北方領土史」の第18弾。前回、「川路聖謨」の「大売国行為」とその責任からの「逃亡」についてまとめた。今回はその「後始末」の話。阿部老中が生きていれば後詰め(増援)を送って対抗もできたのだが1857年阿部老中は死んだ。その後を継いだのは国土防衛に「何の興味」もない「バカ殿派」井伊直弼だった。こういうとき無能な権力至上主義の「バカ殿」共が始める事は何時でも同じ。当然の様に敵対派閥に対する大弾圧がはじまった。幕末史こればっかり(ToT)。それにぶち切れた「尊皇派(朱子学徒)」の一部が暴走して井伊を斬り、カウンター大弾圧をくらって壊滅。


「実務派」は提携相手を失って「政治勢力」としてはこちらもほぼ「壊滅」した(ToT)。


「安政の大獄」と「桜田門外の変」はここが最大のポイントなのだ。カウンター大弾圧による「実務派壊滅」ってとこがね(-_-;)。ついに最後まで政権にカムバックすることができなかった。烈公(水戸斉昭)さまがも少し確りしてくださっていれば事後でも何とかなったかもしれないんだがね(-_-;)。「実務派」は阿部老中亡き後も「尊皇派(朱子学徒)」と組むつもりだったし、後継者も3人ちゃんと用意していた。「幕末実務派の三俊」村垣範正・水野忠徳そして小栗忠順だ。あとは一人を選びバックアップするだけ、


阿部老中亡き後、烈公(水戸斉昭)さまは「越智老中」すべきだった


のだ。それができなかったのが江戸幕府の滅亡した真の「原因」だよ(-_-;)。烈公さま、阿部老中、水戸の両田(阿部老中の直接的な提携相手である戸田忠太夫と藤田東湖の2家老。1855年の安政江戸地震で死去)と本来サポートしてくれる人間全員に先立たれ、一人取り残された「お坊ちゃん」一橋慶喜がパニックに陥り、ヒステリーを起こして実行したのが「大政奉還」の「自爆テロ」さ。ふーーー(-_-;)、なんつーー展開だよ(ToT)。凹んでてもしょうがないんで、維新史は横において北方情勢に話を戻そう。

 1867年、安房勝山藩士渡辺隆之助や岡本監輔が実効支配を強化して北方警備を優位に進めている最中にバカ殿派直系・松平定昭配下にあった死に掛けの幕府は露都サンクトペテルブルグへ使節を送り、北樺太を割譲した上で南樺太を北緯48線で分割する事を提案する交渉を始めてしまう。繰り返すが


ロシアは外交を「交渉」せずに「強制」する


のだ。自国不利の提案をロシアにした瞬間、ロシアは必ず軍事侵略をステップアップさせる。それまでの対ロ外交でも常にそうだったのに馬鹿殿共は幕府潰しかけただけでは飽き足らず何故余計なことをするのか(怒)?案の定、現状追認の「樺太仮規則」が結ばれた上で軍事侵攻と日系住民に対するテロ攻撃が徹底的に強化された。最南端の久春古丹でさえ


殺人も強姦も日常茶飯事の「百鬼夜行」状態だよ(ToT)。


そして全ては「俺様の利権中心」が当たり前の「陽明学徒」が建設した明治維新政府は1875年、典型的な「売国奴」黒田清隆の妄言(樺太無償割譲論)を採用(激怒)!使節を再び露都サンクトペテルブルグへ送る事となったがここで幸いなことに、全権に予定されていた尊皇攘夷派(陽明学徒)の澤宣嘉がぽっくり死んでくれて「幕臣・実務派」の最後の生き残り榎本武揚が代役となり放棄することが「定まって」いた樺太の「代仮地」としてかろうじて千島諸島を「奪回」する樺太・千島交換条約を締結した。これで面積にすると41000平方キロ→10000平方キロになったわけだ(-_-;)。井沢元彦に言わせれば


幕末日本には一人も「売国奴」が出なかった、これは「奇跡」だ


となる。ふーーー(-_-;)。


ふざけんな!「売国奴」だらけじゃねーーか(激怒)!


そして、韓半島ひいては日本列島の「全土占領」の危機にみまわれてようやく「日露戦争」となりポーツマス条約で南樺太を奪回して面積的に10000平方キロ→46000平方キロとなったが、「帝国海軍」が北樺太の石油利権でなんと「買収」されついに「北樺太」を奪回できなかった(ToT)。「チャンス」はいくらでもあった(怒)。第一次世界大戦中には「全土軍事占領」さえしているのだ。だが、


「石油利権で買収された帝国海軍」が裏切った(怒)。


戦前日本は「愛国心の塊」だった?


ふざけんな!誰が見たってそんなの「嘘っぱち」じゃねーーか(激怒)!


ふーーー(-_-;)。そして1945年8月9日日ソ中立条約を侵犯した「騙まし討ち」の第二次日露戦争が勃発してしまう。日本側は「関東軍総司令部」はじめ裏切り者が「続出」(怒)。わずか28日の間に日本軍事管轄地(実質的な日本領)1806000平方キロを失い、約10万人が戦死、軍人・軍属・在留邦人約100万人が「虐殺(満州・シベリア・韓半島ホロコースト)」された(ToT)(ToT)(ToT)。当然、北方4島も全土軍事占領され面積的に46000平方キロ→0平方キロとなった(ToT)。ここで再び小さな「神風」が吹く。1951年サンフランシスコ講和会議のグロムイコソ連(ロシア)全権が会議から離脱したのだ。


日本側の吉田茂全権は迷わずロシア抜きで講和条約を締結した(サンフランシスコ平和条約)


。吉田総理、「グッジョブo(^-^)o!」グッジョブ、グッジョブ、グッジョブだよ。あんた信明老中そっくりだよ。吉田総理、「グッジョブo(^-^)o!」。だか、日本の幸せは長くは続かないんだよ(怒)。なぜなら必ず「松平定信」そっくりの「売国奴」が出て来るからな(怒)!この時も「当然の様」にでてきやがった(-_-;)。


その男の名は「ルピーパパ」鳩山一郎と「朝日新聞記者」河野一郎


だ。まず、河野が北洋水産会社を恐喝して「領土より魚」の悪辣な大キャンペーンをさせ、その後にこのキャンペーンを梃子にして既にボケ気味の「ルピーパパ」に国際法上非合法の軍事占拠を続ける「道東諸島」のソ連(ロシア)軍に暫定的駐兵権を与える軍事協定「日ソ共同宣言」を締結させやがった(激怒)!繰り返すが、「日ソ共同宣言」はロシア軍に道東諸島限定とはいえ暫定的駐兵権を与える軍事協定。ぞーーーとしてるの俺だけか?ちなみにロシア自身この「ありえないデタラメ協定」の有効性に疑問を感じいて1960年にその8年前にアメリカのB29爆撃機を歯舞群島上空でロシア軍機が撃墜した事件を鑑み25000の兵力を全軍撤退させていたのだΣ(OoO)。日米安保条約に従って「米軍」が道東諸島に上陸してくる可能性があったからね。なぜ、そのとき自衛隊に奪回させなかったのか(-_-;)?無血進駐ジャン!そして、日中平和友好条約で米軍の道東諸島上陸の目が完全になくなった


1978年、ロシア軍は道東諸島に再進駐


し、元の木阿弥に戻った(怒)。1960〜1978年までの18年間実は道東諸島は実質的に「返還」されていたのだ。ちなみに、河野一郎は恐喝していた北洋水産会社をロシアの秘密警察とつなぎ「密漁」させることによってロシアから当時の金で20億円(現在の金で言えば500億ってとこか)を成功報酬として「収賄」していたそうだ。「帝国海軍」そっくり。ふーーー(-_-;)。なんか語るのやになってきちゃたな。あまりにも、酷い話ばかりでホントーーーにヤになる。悪いけど今日はここまで、続きはまた次回語ろう。とほほ。



おまけにみくしー検索かけてみました。


「河野一郎」


日記 検索 (1件)ひっと。

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