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2016年01月25日14:47

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最近、考えたこと。Part0028


 さてと、話を続けますか。前回、「チャイナで民族大移動が始まった」ってとこまでいった。今日はそれがどう我が国に波及したのかという話しをします。いまから2400年前、チャイナ戦国七雄のひとつ燕王国にいた殷王朝の末裔が韓半島の平壌に商業コロニー(箕子朝鮮)を置いたとき極東(チャイナより東の地域)の歴史時代に入った。異民族の真っ只中に作られた先進民族の商業基地。箕子朝鮮はいまでいえばシンガポールのようなものだったに違いない。だか動乱はやってくる、いまから2100年前、箕子朝鮮を乗っ取った衛氏朝鮮が始まった「漢・匈奴戦争」において匈奴(フン)帝国側につくのを恐れたチャイナ・大漢帝国は韓半島に全面侵攻し漢四郡(楽浪・真番・臨屯・玄兎)を置く。ここでみんなに覚えて欲しいことがある。それは


国家は群生する


という世界史の法則だ。国家機関は本質的に「武力装置」であり双刃の刃だ。良いときには「内に警察力、外に防衛力」となりえるが、同時にいつでも「内に弾圧力、外に侵略力」になりえる訳だ。こういう国家がひとつできると「それを持たない人たち」にとっては「途轍もなく大きな脅威」となる。とくに、古代ではなおさらだ。戦争に負ければ男は皆殺しにされ女・子供は全て奴隷として売り飛ばされちゃう「陰惨」な時代だ。だから、ひとつ国家機関ができるとすぐ対抗する国家機関が多数設立されるのは必然なのだ。つまり「国家は群生する」のさ。最新では20年前にバルカン半島で「群生」している。箕子朝鮮のような商業コロニーなら別に脅威なんぞ誰も感じない、シンガポールの軍事侵攻を恐れている国などどこにも存在しないのと同じ様にね。たが、チャイナ・大漢帝国では話が別だ。なにしろ当時ぶっちぎりの世界最強国。当然、この時も国家は群生した。そのひとつが我らが祖国「日本国(当時はヤマト国)」だったわけだ。幸いチャイナ・大漢帝国の主目的が対フン戦争上の拠点確保だったから平壌コロニー(楽浪郡)さえ攻めなければトラブルにはならなかった。おかげで北は満州から東は日本の東北地方まで「Lの字」状に4つの民族が9つ国家(もしくは部族制都市国家連合)を数珠つなぎにする「奇妙な均衡状態」ができあがった。2000年前に極東に存在した9つの国家(もしくは部族制都市国家連合)は以下の通り


� �扶余王国        扶余系の本国、君主も国民も扶余族

�◆�高句麗王国       扶余王国から独立、君主は満州族、国民は扶余族と満州族が半々

��、平壌コロニー(楽浪郡)  チャイナ領、君主は漢族、国民は漢族と扶余族が半々

�ぁ�馬韓諸国        扶余系都市国家群、君主層は扶余族、国民の大部分は扶余族で漢族が少々

�ァ∧朶攴�国        九州系都市国家群、君主層は日本人、国民は日本人と扶余族が半々

�Α�辰韓諸国        出雲系都市国家群、君主層は日本人、国民は日本人と扶余族が半々で漢族が少々

�А�九州諸国        日系都市国家群、君主層も国民も日本人

�─⊇弍晴�国        日系王国、君主も国民も日本人

��、大和国         現・日本国、当たり前だか君主も国民も日本人


まったく、けったいな状態になったもんである。どうも匈奴族と満州族との間には当時連絡があったらしく歴史上の動きが連動している。「同盟関係」があったかどうかは微妙だけどね。そして、均衡状態が最初に崩れたのは1800年前。大和国が出雲王国を撃破、九州諸国を制圧して列島の統一に成功する。そして、困ったわけだ。「半島どうしよう(-_-;)?」と。日本人(当時の対外名称は「倭族」)は前述のように建国以前に1万年の時間をかけて「集住と混血」によってできあがった「民族」なのだ。扶余族の大量流入は避けたかったに違いない。軍事的制圧は簡単だった、ってか九州系と出雲系とはいえすでに完了していた。他の荒っぽい国なら扶余族も漢族も満州族も「皆殺し」にして土地を独占していただろう。アメリカ人みたいにね。でも、日本人はしなかった。これはとても「名誉」な話で恥じ入る必要はまったく無い。ま、おかげで今に続く「韓国問題」という厄介ごとに取り付かれちまったわけだけどね(-_-;)。そして、大和国は悩みに悩んだすえに韓半島問題を「ほっぽっとく」事にした。1800年前に極東に存在した7つの国家(もしくは部族制都市国家連合)は以下の通り


� �扶余王国        扶余系の本国、君主も国民も扶余族

�◆�高句麗王国       扶余王国から独立、君主は満州族、国民は扶余族と満州族が半々

��、平壌コロニー(楽浪郡)  チャイナ領、君主は漢族、国民は漢族と扶余族が半々

�ぁ�馬韓諸国        扶余系都市国家群、君主層は扶余族、国民の大部分は扶余族で漢族が少々

�ァ∧朶攴�国        九州系都市国家群、君主層は日本人、国民は日本人と扶余族が半々

�Α�辰韓諸国        出雲系都市国家群、君主層は日本人、国民は日本人と扶余族が半々で漢族が少々

�А�大和国         現・日本国、当たり前だか君主も国民も日本人


「ほっぽっと」かれた韓半島にはその後列島統一に伴う微妙な変化が現れる。まず、本国を撃破されてしまった辰韓諸国で「扶余族を名乗った」漢族・金氏と日系の昔氏との間で王(尼師今)位をめぐる暗闘が始まる。無理も無い、昔氏はいうなれば本国をナチに占領された「ベトナムのフランス人」みたいな状態だ。弱気にもなるわな。そして運命の1700年前を迎えるわけだ。そのとき何が起こったのか?それはこの「奇妙な均衡」を極東にもたらしていた


「防衛的なチャイナ軍」の本国への撤退だった。


考えてみれば当たり前だろ。フン族から国土を守るために駐留してたのに、国土ところか首都陥落しちゃったんだから。みんな、あわてて首都奪回のために全軍転進していった。そして平壌コロニー(楽浪郡)は軍事的にガラガラになった。建国より400年間、平壌コロニー(楽浪郡)を攻め続けた高句麗王国はスッとあっけなくコロニーを無血占拠した。1700年前に極東に存在した6つの国家(もしくは部族制都市国家連合)は以下の通り


� �扶余王国        扶余系の本国、君主も国民も扶余族

�◆�高句麗王国       扶余王国から独立、君主は満州族、国民は扶余族と満州族が半々で漢族が少々

��、馬韓諸国        扶余系都市国家群、君主層は扶余族、国民の大部分は扶余族で漢族が少々

�ぁ∧朶攴�国        九州系都市国家群、君主層は日本人、国民は日本人と扶余族が半々

�ァ�辰韓諸国        出雲系都市国家群、君主層は日本人と漢族、国民は日本人と扶余族が半々で漢族が少々

�Α�大和国         現・日本国、当たり前だか君主も国民も日本人


そして、それは「平和」を求めたはずの俺たち日本人が再び巻き込まれてしまった「長い・長い・ながーーーい」戦争の前奏曲となった。ってことで今日はここまで。とほほ。



おまけにみくしー検索かけてみました。

 「楽浪郡」

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