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2026年09月30日09:00

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松原照子の「世見」(転載)

本日の世見  2026年9月30日(水曜日)

『昔々の記憶かも』

昔々、この「昔」をどのくらい並べたら、人類が日本の地を踏んだのを知ることができるのだろうか。
この遠い昔のことは、私たちの記憶の中からは、もうすでに消え去ってしまっています。
でもね、遠い祖先たちの生きざまの様子が、残された遺物からつかめるかもしれませんよ。

約1万2000年前といえば「縄文時代」です。
今の人間の生き方からすると、この先の1万2000年後を考えたら、人類は存在していない気がいたします。
よく、「縄文人は南方系で、弥生人は北方系」だと言われています。
私たちはよく「ご先祖様」と言います。
青森県の「三内丸山遺跡」では、最盛期には100軒もの竪穴式住居があったといいます。
この時の最大の人口が500人だとしたら、それから長い時が流れているのですから、本当の意味でのご先祖様に辿り着くのには、大変なことです。

火山国の日本は、溶岩で作られた美しい風景が見られます。
福井県の北部、九頭竜川河口には、有名な東尋坊があります。
この名は、同僚たちの謀計によって、ここから海へと突き落とされて死んだ平泉寺の悪僧の名が由来だとか。
この東尋坊は、四角、六角の柱状節理を示す新第三紀複輝石安山岩が、高さ約25メートルの絶壁を作っています。
兵庫県の日本海側にある城崎温泉に近い円山川沿いにも、この柱状節理の柱が板状に形成された洞窟があります。
白い亀の甲羅型の石板が重なったように見えたことから、江戸時代の儒学者・柴野栗山が古代中国の空想動物・玄武にちなんで「玄武洞」と名付けたようです。

何故、今このようなことを書きたくなったかと言いますと、初めて訪れた場所なのに、何故か懐かしさを感じることってありませんか?
それってもしかすると、昔々のそのまた昔の記憶がよみがえってきたのかもしれません。

※写真:玄武洞


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