外から見えた日本のやさしさ
「130キロを6人で」――2000年、浅草で駅員が選んだ方法
約130キロの電動車いすを、6人の駅員が階段で運んだ。
2000年、カナダ出身のジョシュ・グリズデイルさんが、父親と初めて東京を訪れたときのことです。
脳性まひがあり、3歳から電動車いすを使っていた彼は、浅草寺を訪れたあと、地下鉄のホームへ向かうエレベーターを探しました。
けれど、当時はまだ設置されていませんでした。
設備がないなら、そこで行き止まりになる。外から見れば、そう考えても不思議ではありません。
ところが駅員たちは、本人を車いすに乗せたまま、6人で階段を下ろしたと政府広報の記録に残っています。車いすの重さは約130キロでした。
もちろん、これは重い電動車いすを人力で運ぶことを理想的な対応として勧める話ではありません。
事故の危険もあり、現在なら設備や安全な介助方法を優先すべきです。
むしろ印象に残るのは、「設備がない」で終わらせず、その場で利用者をどう通すかを考えた点です。
彼はその後も日本を訪れ、2007年に東京へ移住しました。
2015年には、英語で日本のバリアフリー情報を伝える「Accessible Japan」を開設。
駅のエレベーターやトイレ、観光地、ホテルなどを自分で調べ、訪日を諦めかけている車いす利用者へ実用的な情報を届ける側になりました。
2016年には日本国籍を取得しています。
興味深いのは、彼が日本の不便さを見なかったことにしたわけではないことです。
明治神宮では砂利道の通りにくさを記事にし、2か月後に再訪すると、スロープと通路が追加されていたことも記録されています。
完璧な設備が最初からそろっていたから、日本に残ったのではありません。
不便がある場所でも、目の前の一人をそこで諦めない人がいた。
その経験を受け取った人が、今度は情報という形で次の誰かを支えている。
皆さんにも、「できません」で終わるはずだった場面を、誰かが別の方法でつないでくれた記憶はありますか。
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