「GPに純イギリス(車体、エンジン、ドライバー、マネジメントなど全て)のレーシングカーチームを送り込もう」という強い気骨で1933年に創業されたE.R.A.(English Racing Automobiles)。1930年代中盤、今日のF2に相当するボワチュレット(小型軽量車)クラスの各マシンがおびただしい優秀な戦績を残しましたた(本稿0144・0145)。
よく知られているのはシャム(現在のタイ王国)の王子、Prince Birabongse Bhanutej(フランス・ビラ)の活躍です。
第二次世界大戦(ヨーロッパ戦線)終結前の1945年3月に、E.R.A.の創設者Raymond Mays(レイモンド・メイズ)とPeter Berthon(ピーター・バーソンが「F1でイギリスに栄光を」という一段と高い目標を掲げ、協賛企業を募り始めます。
そして大戦終結後、E.R.A.をB.R.M.(British Racing Motors)として再組織化、純イギリス車を製作し始めました(完成は1949年)。
なお、E.R.A.の共同創設者Humphrey Cook(ハンフリー・クック)はB.R.M.には関与していません。
B.R.M.の目標は、1962年にGraham Hill(グラハム・ヒル)の手でドライバーズ・タイトルを獲得することで達成されました(ヒルは9戦中4勝しました)。イギリス人ドライバーがイギリス製のクルマでF1を制覇した初めての事例です。
B.R.M.はコンストラクターズ・タイトルも獲得しています。
そして本題。1966年シーズンからエンジン最大排気量が1.5から3.0リットルに引き上げられることが決まり、下の雑誌記事にあるように`B.R.M. H16 3-litre formula 1 engine´か準備されました。
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「H16」そう、16気筒です。F1では前代未聞のシリンダー数です。何よりとんでもなくユニークな作りのエンジンなんです。
B.R,M.の技術責任者Tony Rudd(トニー・ラッド)が設計し、P75という型式を与えられたこのエンジンは、水平対向8気筒1.5リットルエンジンを上下に2基重ね(水平対向16気筒3リットルに)、各々のクランクシャフトをギヤで連結したユニットで、F1史上最も複雑と言われています。
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2本のクランクシャフトを持つこの水平対向16気筒エンジンは、V8エンジン✕2ですからシリンダーが4列あり、カムシャフトも吸・排気各4本(計8本)あります。前期型は32バルブで390馬力/10250rpm、後期型は64バルブで420馬力/10500rpmでしたが、その複雑さゆえすこぶる重く(当初は252kg、最終的には軽量化が図られて181kg。それでもフェラーリV12エンジンの約2倍)、酷い振動により、走行中にエンジンがバラバラになるなどのトラブルが頻発しました。F1マシンのP83またはP115に搭載されて出場した40レース中30回リタイアしたとのことです。
P83
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P115
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ミドシップに搭載されたエンジンのエアファンネルが威容を誇ります。
最大排気量の引き上げ(1.5→3リットル)の際、通常のV12(48バルブ)3リットル・ユニットも検討されましたが、B.R.M.のオーナーSir Alfred Owen(アルフレッド・オーウェン卿)がこのH16エンジン(P75)を開発使用することを決めたとのことです。
P75はロータスにも供給されました。F1での唯一の勝利はそのロータスによるもので、1967年第10戦アメリカGP(10月1日、於ワトキンス・グレン)にて、ゼッケン5を付けたJim Clark(ジム・クラーク)乗るロータス43が優勝しています。
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余談ですが、前9戦のイタリアGPで優勝したJohn Surtees(ジョン・サーティース)駆るホンダRA300は、このレースではリタイアしています。
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