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2026年06月03日00:46

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亡毒両親

亡毒母は、亡毒父とはお見合い結婚でした。舅は既に亡くなり、姑が寝たきり(ぼけてはいなかったよう)、その介護をさせられる覚悟での結婚でした。結婚した当日、姑の裁縫箱の上に自分の裁縫箱を何気なく置いて、夫に怒鳴りつけられるという結婚生活の始まりでした。
姑は気難しい人で、介護は苦労の連続だったようです。初めての子を流産した時も、姑はいたわるというよりがっかりしたようです。
確か、1962年に第一子の男の子が産まれる前に姑は亡くなりました。介護生活は数年でした。そして3年後、第二子(青いカモノハシ)が産まれました。更に数年後、避妊に失敗して子どもを妊娠しましたが、中絶しました。近所に夫の姉一家が住んでいて、何かとヒステリーを起こす義姉にこれまた苦労させられていました。
父は名古屋大学で講師をしていましたが、なかなか出世できず、鬱憤を抱えていました。酒に溺れ、家族に怒鳴り散らし、時には暴力をふるう日々でした。酒に酔って母に「お前、実家に帰れ!」と罵声を浴びせていました。兄に勉強を教えて、理解できないと「この低脳野郎が!」と頭を殴っていました。
私は自閉症であることに気づいてもらえず、両親には単にわがままで頑固だと思われていました。家庭はほっとする居場所ではなく、息詰まる針のむしろでした。パニックを起こして叱られ、暴力をふるわれました。
そんな猛毒両親も今はいません。私の人生はなんだったのでしょう。
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