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2026年05月22日07:07

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クルマ0533 (BLOODY MARY)

今のクルマは、エンジンへの燃料供給は電子制御されていますが、昔のクルマはガソリンを霧状にして空気(酸素)と混ぜる(混合気)ことが機械的に行われていました。それを担うのがキャブレターで、WEBER(イタリア)やSOLEX(フランス)といったブランドがよく知られていますが、イギリスのSUも誰もが想起しますね。

1904年にHerbert Skinner(ハーバート・スキナー)が考案した可変ベンチュリー型キャブレターは1910年8月に「ユニオン」と命名されて製造が始められました。作っていた会社の名称はSkinner Union Co.,Ltd.(スキナー・ユニオン株式会社)。この頭文字がSUなんです。

なお「可変ベンチュリー型キャブレター」とは、エンジンの吸気負圧でピストンを持ち上げ、それに取り付けられたニードルにより混合気通過部(ベンチュリー)の大きさが変わる(可変)型式で、燃料供給量が連続的に変化します。

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具体的に書きましょう。
アクセルを踏んでバタフライ(開閉弁)を開けると流入空気(酸素)量が増えて、エンジン回転が上がります。すると負圧が増しますのでピストンが上がります。ピストン下に付けられたニードルは先細りですので、ピストン上昇に伴ってジェット(下図の矢印)とニードルとの隙間(ベンチュリー)が大きくなって燃料供給量が増える(自動調整)、というワケです。

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SUキャブレターの動作原理はさておき、ハーバートの姪のBarbara(バーバラ)はモータースポーツに熱心な活発な女性で、同じくモータースポーツに興じていたJohn Bolster(ジョン・ボルスター)と1936年10月8日に結婚しました。

遡ること7年(1929年)。19歳の学生だったジョンは、1910年頃のサイドバルブのJAP製760cc空冷バイク・エンジン(鉄製ピストンの13馬力)をタダ同然で入手します。これをパワーソースにして兄のRichard(リチャード)と一緒にクルマを作りました。
右半分が運転スペース、左半分がエンジンに充てられた車重225kgのリヤ駆動の単座レーシングカー(木製フレーム)で、”BLOODY MARY(ブラディー・マリー)”と名付けられました。

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名前の由来は16世紀のイングランド女王です。 信心深いカトリックであった彼女は、即位後にプロテスタントを迫害して300人近くを処刑。人々からブラディー・マリー(血まみれのマリー)と恐れられました。

このレーシングカーは車検を取得していて、若いリチャードとジョンは走り回っていました。でも「もっと速く!」を追求し、危険なほどエキサイティングな乗り物に発展させます。
1934年にブラフ・シューペリアという高級バイクに載せられていたJAP製981cc空冷Vツインを2基入手し、チューニングして両方(4気筒1962cc)搭載したのです。車体も全体的にリフアインしました。

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2基4気筒になった助手席側のエンジンはチェーンで連結されました。これらがうまくシンクロすると120馬力近い出力が絞り出され、車重350kgのブラディー・マリーは恐ろしく俊敏に。ヒルクライムや各種スプリントで好成績を多数修めました。

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ワンオフの現車はイングランドのハンプシャー州ビューリーにあるNational Motor Museum(国立自動車博物館)に展示されています。
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が、誰かが複製を作ってオークションに出したようで。

https://share.google/nlNkZFLH2fOLMqqCV

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オリジナルと同じで木製フレームだそうですが、エンジンは現代のハーレーダビッドソン製です。

ジョンはその後、同じJAP製981cc空冷Vツインをもう2基入手し、前述のブラディー・マリーから下ろした2基を合わせて合計4基搭載した更なるモンスターを作りました。この8気筒3924ccスペシャルは、ボディレスの状態で1938年のShelsley Walsh(シェルズレイ・ウォルシュ)のヒルクライムでデビューしました。

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フロント・アクスルはスチール製の梯子型フレームに直接取り付けられたリジッドのようです(サスベンションはありません)。リヤはどうなっているのでしょう?

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このマシンはエンジンの同調が至極難しかったようで(まずムリでしょう)、時を経ずして解体されたようです(ブラディー・マリーのエンジン2基は戻されました)。だいたいフロント・サスペンションが無いんですよ。乗ってられるか!

1949年のブリティッシュGPにてE.R.A.(本稿0144・0145)でクラッシュ、大ケガを負ったジョンはレースを引退し、1950年8月の創刊から亡くなる1984年までAUTOSPORTS誌の技術編集担当およびロードテスターを勤めました。
また英国放送協会(BBC)のモーターレース中継では、口ひげとハンチング帽がトレードマークだったジョンのレポートは好評でした。
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