カタカムナ学会【公式】
厳島弥山の霊火堂の火災を読み解く
カゴメ歌のカゴの中の鳥 と 消えずの火 とは『ヤマトに継承される天照の智彗』を示している。
それがヤマトの御灵の実態。
― 消えずの火、古い器、天照の火の顕現 ―
カは暉火灵にして、陽の昇る相た也。陽の昇るときは大きく、潜まるときは少なし。例せば、火昇りては、百丈の殿舍も一時に滅す。潜るときは、爐中に埋みて、掌を以覆ふ。今、力は暉く火の灵にして、火の昇る音也。故に、大也と有。
広島県廿日市市宮島町弥山にある「霊火堂」で火災があり、建物が全焼したという報道がありました。
霊火堂には、「消えずの霊火」と呼ばれる火が守られてきました。
もちろん、これは現実に起きた火災であり、まずは関係者の無事と、失われた建物への敬意を置くべき出来事です。
しかし、象徴として読み解くなら、この出来事には非常に深い意味が重なっているように見えます。
重要なのは、消えずの火とは何を象徴していたのか、そして火を納めていた堂、つまり器が焼けたという点です。
消えずの火とは何か
霊火堂の「消えずの火」とは、単なる物理的な火ではありません。
古くから守られ、祀られてきた火です。
火とは、言灵の構造で見ると、中心・光・発動・意志・神言の象徴です。一言でまとめるとこの象徴の火とはヤマトのミタマの火
ヤマトのミタマの火とは、ヤマトに継承されている智彗のこと
このヤマトに継承されている智彗を天照といいます。
つまり、消えずの火とは天照の火の象徴なのです。
特に、天照の火とは、太陽の火であり、日輪の火であり、闇を照らし、隠されたものを明らかにする智彗の光です。
火は、隠れている時には小さく守られます。
しかし、ひとたび昇る火となれば、堂宇をも焼くほどの力として現れます。
言灵では、「カ」は暉く火の灵であり、陽が昇る相を持つとされます。
カは暉火灵にして、陽の昇る相た也。
陽の昇るときは大きく、潜まるときは少なし。
例せば、火昇りては、百丈の殿舍も一時に滅す。
この法則から見ると、今回の火災は、潜んでいた火が昇る火へ転じた現象として読むことができます。
つまり、潜火が顕火となったのです。
火を納める器が焼けた
ここで最も重要なのは、霊火そのものではなく、霊火を納めていた「堂」が焼けたということです。
堂とは器です。
霊火を守り、囲い、秘蔵する場所です。
この構造は、「カゴメ歌」におけるカゴメの構造と重なります。
カゴメとは、中心を囲い、守り、同時に封じる結界構造です。
それは、御灵を秘蔵する器であり、契約の箱型の構造とも読めます。
契約の箱とは、神との契約、聖なる掟、民族の中心記憶、神聖な臨在を納める器です。
この観点から見ると、
霊火堂
カゴメ
契約の箱
この三つは、すべて同じ構造を持っています。
それは、中心の火、中心の御灵、中心の神言を秘蔵する器です。
契約の箱に封じられていたもの
では、その器の中に封じられていたものは何か。
それは、天照そのものというより、より正確には、天照の御灵、天照の神言、天照の智慧、天照の日輪の火と読むべきでしょう。
天照とは、単なる神名ではありません。
光をもって照らし、隠れたものを明らかにし、天地の秩序を正中から整える働きです。
密教的に見れば、大日如来の遍照の光とも重なります。
「いろは」の深層構造では、表には涅槃経の無常があり、内には日本紀神代巻の天地開闢があり、さらに奥には神仏不二、生死一体、天照と大日如来の照応が読み込まれています。
つまり、いろはの奥義とは、無常の奥に天地開闢があり、死の奥に生があり、形の奥に光があるという構造です。
今回の霊火堂火災も、この構造と重なります。
表面的には、建物が焼けた火災です。
しかし、象徴として見れば、古い器が焼け、秘蔵されていた火の意味が正面に現れたとも読めるのです。
天照の火が顕現したという読み
天照の火という構文が、霊火堂の火災という現象に象徴的に現れたと読み解けます。
消えずの霊火は、長く堂の中に納められてきました。
それは、守られてきた火であり、秘められてきた火です。
しかし、その火を納める堂が焼けた。
これは、火が終わったというより、火を納める古い器が役目を終えたという象徴に見えます。
火は消えたのではない。
天照の智彗の火をどう継ぐかが問われている。
ここに、この出来事の深い意味があります。
夜明けの晩と火の顕現
カゴメ歌には、
夜明けの晩に
鶴と亀がすべった
後ろの正面
だあれ
とあります。
「夜明けの晩」とは、終わりと始まりが重なる時です。
古い文明の終焉と、新しい天地開闢が重なる境界です。
その時、鶴と亀、すなわち天と地、火と水、陽と陰の秩序が一度すべります。
古い配置がずれ、表と裏が反転する。
その時、これまで背後に隠れていた本体が、正面に現れる。
それが「後ろの正面」です。
今回の霊火堂の火災をこの構造に重ねるなら、霊火堂とは、火を納めるカゴメです。
消えずの火とは、籠の中に秘蔵された日輪の火です。
建物の焼失とは、古い器の終わりです。
そして炎の顕現とは、隠されていた火が正面に現れたということです。
古い器から新しい器へ
火は、器なしには危険です。
しかし、器だけが残り、火の本質が忘れられれば、火は形骸化します。
火を守るとは、ただ火種を残すことではありません。
火の意味を継ぐことです。
火の智慧を継ぐことです。
火の神言を継ぐことです。
霊火堂の火災を象徴として読むなら、それは、古い器に納められていた火を、新しい器へ移す時が来たということを示しているように見えます。
古い堂が焼けたことは、火の終わりではありません。
むしろ、火をどう継承するのかが、改めて問われているのです。
まとめ
消えずの火とは、天照の火の象徴。
霊火堂とは、その火を納める器。
カゴメとは、御灵を封じ守る結界。
契約の箱とは、神言と中心記憶を秘蔵する器。
そして今回、燃えたのは火そのものではなく、火を納めていた器でした。
この出来事は、次のように読むことができます。
火は終わったのではない。
火を納める器が変わる。
封じられていた天照の火、神言、智慧が、古い器を超えて顕れようとしている。
問われているのは、火を恐れることではなく、火を煽ることでもなく、その火を正しく継ぐことである。
霊火堂の火災とは、
「消えずの火」が消えた出来事ではなく、
「消えずの火」をどう継ぐかが正面に現れた出来事。
そう読み解くことができます。
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