我が千葉県で有名な武将、大名と言えば千葉氏や里見氏が広く知られています。
そして千葉県からもう少し広く眺めると、関東には佐竹氏や結城氏、宇都宮氏⋯キリが無いので以下省略しますが、相模出身とされる太田氏も千葉県に関わりを持っています。
この太田氏とは、江戸城を築城した太田道灌で知られる一族で、なんでも鵺退治伝説の有る源三位頼政の末裔なのだとか。
さて
先週、御茶ノ水駅に出ていたこの案内、太田姫稲荷神社?
知らない名だな?と調べてみると、お詣りした事は無いながら、神社が有るのをなんとなく知っていた場所でした。
それではお詣りしてみましよう!
こちらの太田姫稲荷神社、なんでも太田道灌娘の疱瘡が平癒した事に因むのだそう。
到着!
広くはないものの、手入れが行き届いた神社でした。
お詣り
お神輿なども出ていたそうですが、その姿は見えず⋯
そして屋台なども無く、例大祭が行われているような雰囲気はあまり感じないか⋯
ところで太田道灌、世間的には江戸城築城以外さほど有名でないように思いますが、武人としても文人としても優れた人だったようで、ちょうど550年前、今川家の内乱時に伊勢盛時(死後北条早雲と呼ばれる)と対峙し、小机城の戦に際して兵らに歌わせた「小机はま先手習いの初にて、いろはにほへとちりぢりになる」は日本初の軍歌とも言われているよう。
その才は幼少の頃から秀でていたものの、性格的に難が有り、敵をつくり易かったとも⋯
最後はその才に疑念を抱いた主君扇谷定正に誅殺されるのですが、その際「当家(扇谷上杉家)滅亡!」と叫んだのだとか。
そして実際に扇谷上杉家は間もなく北条氏によって滅亡されてしまいます。
中にはどこまで本当か分からないような話も有るものの、関東の戦国時代も機内のそれに劣らず波乱の時代だった事は確かでしょう。
この太田氏の一族が里見氏と一緒に北条と戦ったり、北条の配下として富津市の三舟山で里見氏と戦って大敗したり⋯
千葉県に縁が有る!
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