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2026年05月11日22:32

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京の碑めぐり:竹間小学校竹間幼稚園の碑

地域とともに歩んだ学び舎――竹間小学校・竹間幼稚園跡
京都の町には、長い年月にわたり地域の子どもたちを育んできた学校の歴史が刻まれています。今回紹介するのは、「竹間小学校・竹間幼稚園跡」を示す石標です。この場所には、明治から平成にかけて続いた教育の歩みが静かに残されています。

竹間小学校の創設は、明治2年(1869)。上京第二十一番組小学校として誕生しました。明治維新直後、日本が近代国家へと歩み始める中で設けられた学校の一つであり、京都における初期の学区制小学校として地域教育を支えてきました。

その後、時代の変化とともに学校の姿も変わっていきます。平成5年(1993)には、京都市立富有小学校と統合され、「京都市立竹間富有小学校」と改称。さらに平成7年には梅屋・龍池・春日小学校とも統合され、この富有小学校跡地に現在の京都市立御所南小学校が開校しました。

竹間小学校は姿を変えながらも、地域の教育の系譜として現在へ受け継がれているのです。

また、この地は幼児教育の歴史においても重要な場所でした。竹間幼稚園は明治18年(1885)、竹間小学校内に「幼児保育科」として創設されます。これは近代日本における幼児教育の早い時期の取り組みの一つでした。明治42年(1909)に一度廃止されますが、昭和30年(1955)に再開園。その後、平成8年(1996)には京都市立中京もえぎ幼稚園へ統合されました。

現在残る石標は、竹間小学校と竹間幼稚園がこの地に存在したことを伝えるものです。校舎や園舎は姿を変えても、この場所で多くの子どもたちが学び、遊び、成長していった記憶は確かに受け継がれています。

京都の町歩きでは、寺社や古い町家に目が向きがちですが、こうした学校跡にもその時代の人々の願いが込められています。竹間小学校・竹間幼稚園跡を訪れれば、地域に根ざした教育の歴史と、子どもたちの声が響いていたかつての日々に思いを馳せることができるでしょう。

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https://ameblo.jp/stephen19690326/entry-12965692878.html
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