ワンダフル神戸 · Yuichi Furukawa
神戸・烏原貯水池って、実は“濁った水をそのまま貯めない”仕組みだった
菊水山・烏原周辺を現地で歩いていて、改めて驚いたのが1905年(明治38年)竣工の烏原貯水池(立ヶ畑堰堤)の構造。
ここ、単なる「水をためるダム」ではなく、大雨で濁った水を最初から池に入れないという、かなり先進的な仕組みでした。
布引水源での経験から、「濁水は沈めるだけでは限界がある」と判断し、
■ 分水堰堤(水を選ぶ)
■ 締切堰堤(水の流れを整える)
■ 放水門(水を逃がす)
この3つを組み合わせて、必要な水だけを使う“選別型”の水源地に。
現地では、
・服部一三(当時の兵庫県知事)の名が刻まれた放水門
・明治期の石張り放水路
・約120年前の滑車
・放水門横に残る石臼(水没した烏原村の記憶)
など、神戸の近代化を支えた痕跡が今も残っていました。
普段何気なく見ていた烏原貯水池ですが、「神戸の水をどう守るか」という明治の知恵が詰まっていたのはかなり面白い発見。
菊水山や烏原を歩く方なら、景色だけでなく“仕組み”を知るとさらに見え方が変わるかもしれません。
神戸、やっぱり奥深いですね。
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