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2026年05月04日09:13

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松原照子の「世見」(転載)

本日の世見  2026年5月04日(月曜日)

『与謝野晶子』

私が“あの世”とやらに行く日が来たら、会ってみたい人が与謝野晶子です。
この人は、一人の男性に血潮を燃やし、17年間に鉄幹の子どもを、六男六女の形12人も世に送り出したというのですから、なんとあっぱれな女性でしょう。

鉄幹は、中々のプレイボーイでした。
彼が女学校の国語教師の時には、2人の女子生徒を妊娠させています。
初めの女子生徒の子どもは死亡。
別の女子生徒との間にも子どもを儲け、その娘とは結婚するのですが、晶子はその妻から鉄幹を奪い取ったのです。晶子の恋の炎の激しさがわかります。

晶子の詠んだ歌が、ウラジオストクの地にある石碑に刻まれて残っています。
「女の恋のせつなさよ
 晶子や物に狂ふらん
 燃ゆる我が火を抱きながら
 天かげりゆく 西へ行く
 巴里(パリ)の君へ逢ひに行く」
シベリア鉄道に乗って、女性一人でパリへ行くのですから、惚れぬいた女は凄すぎます。
今なら一人で海外に出かける女性は特別ではありません。

「巴里の君へ逢ひに行く」
こんな思いの持てた女性、晶子の63年の人生を、あなたはどのように思いますか?
22歳からスタートした鉄幹への恋物語。
40歳までに12人の子を授かり、子を日本に残して、鉄幹に“逢いたさ見たさ”でパリに行くのですからね。
そして晶子は、自分一人の筆で、家計はもとより、抱えている門人たちの生活も支え続けていました。

晶子の魅力は、女としての情念に終わらず、パリで鉄幹と出会ってから、ロンドンやベルリンを訪れたことです。
女性も教育と経済的自立が必要であることを知り、女性解放のための運動にも力を入れたというのですから。私が彼女の虜になるのがおわかりいただけると思います。

晶子が卒業した、大阪府堺市立堺女学校という学校は、今でもあるのでしょうか。
晶子が生涯に残した短歌は約5万首と言われています。
あの森鴎外が、晶子の鉄幹に対する情熱に心惹かれたのもわかります。

※写真は鉄幹と晶子
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