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2026年03月27日18:26

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Facebookから転載

『和服授業推進会議』

成願 義夫

以前、ある呉服屋の主人がこんなことを言っていた。
「本当にいい着物は、人がいなくなってから世に出る。」

最初は意味が分からなかったが、話を聞いて妙に納得した。
最近はリサイクルの着物屋も増えたが、そこに「本当にいい着物」が並ぶことは、ほとんどないという。
上等な着物ほど、あるいは想いが深く宿った一枚ほど、持ち主が元気なうちは決して手放されない。
着なくなっても、手放さない。
箪笥の奥に静かにしまわれ、人生の節目にだけ、そっと取り出される。

そしてある日、その人がいなくなった後、初めて外の世界に現れる。
遺された家族が、着物に理解がなかったり、興味を持たなかったとき、その一枚は、はじめて手放されるが、
多くの場合、遺族も手放さない。

さらに言えば、もう一つの現実がある。
それは、同じものが「もう作れない」という事実だ。
職人がいなくなり、技術が途絶え、かつて使われていた材料さえも、今では手に入らなくなっている。
だからこそ、本当に良いものは新たには生まれにくく、結果として、昔のものの方が品質が上であるという逆転が起きている。

着物は、決して「ただの衣服」ではない。
それは、人生の節目に寄り添い、記憶と結びついた存在だ。
箪笥を開け、一枚を手に取るとき、布の感触とともに、時間が立ち上がる。
誰と会い、どんな想いでその日を過ごしたのか。
帯の折跡、かすかな香りまでもが、過去を今へと引き戻してくる。
着物とは、時間を折りたたんでしまっておく「記憶の層」なのかもしれない。

だからこそ、誰かが亡くなった後に着物が世に出るというのは、その人の人生の断片が、静かに次の誰かへと渡っていく瞬間でもある。
悲しいけれど、もしかしたら着物にとってはその方が良いのかもしれない。
見知らぬ誰かとの縁が、その着物を通じて生まれる。
そのとき、もう一つの物語が静かに重なっていく。
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