前回、ネットの「AIによる概要」に間違ったことが書かれている例として「戦前16気筒エンジン 車」を紹介しました。加えて、最近ネットサーフィンしていてフト出くわしたAIの間違いをもうひとつ。それは「4座のMG K3マグネット」です。33台作られたMGの1930年代前半の6気筒レーシングカー、K3マグネットには1台だけ4座モデルがあったのですが、AIはそれを知らないようで「K3はすべて2シーターボディでした」と書かれています。
1960年代にイギリス・イングランドのオックスフォード州アビンドン市のMG社で生産管理主任だったMike Allison(マイク・アリソン)が去る2024年1月6日に他界しました。
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彼はMGに関する著書を数冊執筆していますが、なかんずく1972年に初版が出版された”THE MAGIC OF MG”は必読です。
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それはともかく、戦前のMGのOHCエンジン車に特に造形が深かったマイクは、長年JB3852の登録番号を付けたNAマグネット(スーパーチャージャー付き)に乗っていました。
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生産管理を統括するのがアビンドンでの彼の仕事だった関係で、生産記録台帳を整理して後世に残してくれているのは、MGファンにとってこの上ない幸運です(火事で焼失した一部の記録はどうしようもありませんが)。
そんな台帳の中に4座のK3があります。
Kタイプ・マグネットの中で最も高性能だったK3は、1933年に17台、翌1934年には16台が生産されたコンペティション用です。だから冒頭のようにAIモードに「K3はすべて2シーターボディでした」と書かれているんですね。
ところがマイク・アリソンの生産記録によると、1933年に1台のK3シャシー(K3005)がコーチビルダーのEustace Watkins(ユースタス・ワトキンス)にデリバリーされ、ツアラー・ボディ(4座オープン)が架装されました。下写真は2座に見えますが、トノカバーの下には幅が狭いベンチシートがあります。「荷物は積めるし、イザという時は人を乗せることができる」スポーツカーです。ツアラー最大の美点です。
この5番目のK3は1933年3月15日にAGT235という登録番号が付与されてイギリスの路上で使われ始めました(注文主は使い勝手の良いツアラーを欲したのでしょう)。1980年以降はドイツにあり、Karl Wiessmann(カール・ヴィエスマン)が所有しています。下写真は2008年6月にシルバーストーン・サーキットで行われたMGインターナショナル・ミーティングで展示された時の様子です。オリジナルのツアラー・ボディを纏っていました。
なお、ユースタス・ワトキンスは1906年からロンドンのクロイドン地区に拠点を置くウーズレーのディーラーでしたが、コーチビルダーとして特注ボディの製作もしています(主にウーズレー・ホーネットのシャシーに架装)。
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ということで、AIを鵜呑みにしてはイケナイ例�△任靴拭�真剣に探せばもっと出てくるでしょうね。
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