Ado、初の実写ジャケット写真公開 クローゼットにいる後ろ姿!新曲「ビバリウム」
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ネットやPCの性能、ソフトウェアの性能、機能向上でいろいろな業界で既存の常識が一変する中、テレビも新聞もオールドメディアという括りで呼ばれ始め、ネットの方が良い情報が得られるというところで選挙にも影響する昨今、芸能界においても一種のブレークスルーがすでに起きている。
Adoは歌ってみたという括りから出て来たようだがそれもネットの住人であり、ユーチューバーでもあり何かオーディションを受けてプロの目に留まってという「既定路線」ではないところでブレークした。この現象は今までにないことで新しい歌手の誕生の仕方として注目した。しかし、実際のところ今のなお、この手の人々がメジャーになろうとすると「害能事務所」と契約する必要があり、ある種のギルドのような仕組みが裾野からのメジャー台頭を阻害している面がある。
Adoのような人は別に芸能界に入ろうと(思ってたのかも知れないが)していたかどうかは知らないが別にユーチューバーのままでも再生回数で稼げたと思うし、歌手でないユーチューバーもテレビがオワコンと言いながらテレビ出演している。
そういう意味ではヒカルは徹底していて芸能界からのテレビデビューとかをしない気骨のある人であろうと思う。別にAdoがどうこう言う訳ではないが、テレビを始めとする芸能界ギルトに引導を渡すなら売れっ子はそういう契約を断って独自の活動で支持を増やしても良さそうと思うがそうならないのはある以上の活動や販路を切り開こうとするなら芸能界ギルドや芸の事務所に所属しないといけないような「暗黙のルール」でもあるのかと疑ってしまう。
ジャニーズは別の問題で叩かれたが事務所の方が力を持っていて逆らったら仕事をやらないというようなことでは経営者と従業員と言う構図でしかなく、新しいアイデアも画期的な提案もウエの裁量次第で左右されるのはやはりオワコンと呼ばれても仕方がないのではないだろうか?
僧院面でも照り日に依存する芸能界もオワコンであり、テレビの衰退=芸能界も終わりということが見えている中で芸能事務所に所属してヘーコラする意味があるのだろうか?
稼ぎはピンハネされ、ウエの裁量で支配もされる。
漫画も小説もそうだが何かこういう裾野から上がってくる人々を支えるだけの組織というのがあった方が良いと思う。それはYOUTUBEやニコ動なのだろうけどもう一歩踏み込んだ支援ができないか?と思う。
そうすればアーティスト(Adoのような)は自分の裁量でコンサートもやるし、音楽も配信する。今は作った曲を自由に配信できるサイトもあるがやっぱり芸能界の組織力やプロモーション力には劣る。それで芸能事務所に向かうこともあるのだろうけども。
顔出しというのはそれほど重要ではない。それも既存の価値観を壊したと言えるが実際普通の生活をしながらアーティストとして活動したいという人もいるだろうからスケジュールで埋まった手帳を見ながら絶望するような生活よりもそこそこ稼いで自由に活動した方が先でどうなろうともこれでいいと思うニーズもあっていいのではないだろうか?と思う。だからカオが気になるというところを言われて出したくないものを見えない力で出してしまうようなことが良いとは言えない。
今のこの時期と言うのはそういう古い(芸能という概念)とネットを中心にした新しい概念の混とんと呼べる時代なのかもしれない。
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