昨今、世間を騒がせている一件…
チンピラ丸出しな隣の某国による恫喝や言いがかりの数々を見て思った事です。
就任して間もないころ、APECにて我が国の総理がかの国の国家首席とが握手した事が有りました。
かの国としては保守色が強い総理を警戒しており、高い支持率などを見て、お手並み拝見的な思惑が有ったのでしょうか。
そして間も無く起きたのが、立民による存立危機事態に関する質問であり、それに続くかの国による硬軟おり混ぜた恫喝と言いがかりの数々。
はて?
この流れって何かに似ていないか?
そう、二条城における成人した豊臣秀頼と徳川家康との会見、そして方広寺の梵鐘など、あれこれ言いがかりから大坂の陣に至る流れです。
二条城での会見で、秀頼を見た家康が実際にどう思ったのか知りませんが、自分の死後の脅威と見なし、今のうちに潰しておかないと…と思った事は充分有りそうです。
総理に脅威を感じたかの国にとっては、言いがかりをつける好機到来とばかりに、更には自国と経済的な関係が強い立民の某氏を通じて罠をしかけた…というのは考え過ぎでしょうか。
その辺りは想像ですが、パンダ外交を含む脅しが通用した過去の成功体験がいつまでも通用する訳ではないのだよ…と。
おろしや国によるウクライナ侵攻と同様、かの国による数々の恫喝も「相手が簡単に折れる」と思っていたところ、あてが外れた結果、引くに引けず止めるに止められぬまま、その手段を更にエスカレートし続けるしかなくなったのかと感じています。
何にでも表と裏が有るのは分かりますが、知性も品性も無い国は見苦しいばかり。
今にして思えば、1970年代辺りに「敵の敵は味方」とばかり米国や日本が台湾を切ってかの国についたのが大きな間違いだったな…と。
当時は経済的に発展すれば、民主化を促せられると思っていたのでしょう。
内戦がおわったところで台湾が独立していれば良かったと思いますが、建前上は双方とも大陸と台湾を含めた全体を自国の領土と考えていたようなので、そうもいかなかったのでしょうか。
さて
近年、かの国やおろしや国などを指して「権威主義」と呼ぶようになりました。
以前はそんな言葉を聞いた記憶は無いですが、昔からそんな言葉は有ったのでしょうか。
「権威」という言葉には、確かに「周囲を圧する」と言ったような意味も有りますが、それより「その道の大家」の意味で使う事が一般的であり、「権威主義」という言葉を最初に目にした時は、かなりの違和感を感じたものでした。
専制主義の方がよほど実態に即していると思いますが…
偶に考えますが、胡耀邦主席や趙紫陽総理が失脚せずにその後もリードし続けていたら、かの国も変わっていたのでしょうか?
どちらにしても、この国と付き合うリスクを肝に命じて、目先の利益に目が眩むより過度に関わらない、依存しない仕組みを作る事が肝要と思います。
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