Facebook「笑って人生」
東京・池袋駅のロビー。
時刻は夜の11時58分を回っていました。
終電を待つ人々の喧騒の中に、一台のストリートピアノが置かれています。
その前に座っていたのは、65歳の老紳士、佐々木正雄さんでした。
「すみません、もう演奏時間は終わりなんです」
駅の係員が申し訳なさそうに声をかけます。
夜12時以降は騒音防止のため、ピアノの使用は禁止という決まりでした。
しかし、正雄さんは照れくさそうに笑いながら、けれど必死な面持ちで懇願しました。
「あと10分……いや、5分だけでいいんです。弾かせてもらえませんか。もしかしたら、これが最後になるかもしれないので」
係員が戸惑う中、正雄さんは古びた楽譜と小さな写真立てをそっとピアノの上に置きました。
写真の中には、幸せそうに微笑む若い頃の夫婦の姿がありました。
「妻が入院しているんです。もうすぐビデオ通話がかかってきます。今日が、彼女の最後の誕生日になるかもしれなくて……」
時計の針は残酷にも11時59分を指そうとしていました。
しかしその時、ふと背後から声が上がりました。
「私も聴いてみたいです!」
「おじいさん、弾いてよ」
終電を待っていた人々が一人、また一人と足を止め、正雄さんの周りに集まってきました。
「私たちが責任を取ります」
「今夜だけ、弾かせてあげてください」。
見知らぬ人々の温かい声に、係員も規則を飲み込み、静かにその場を見守ることに決めました。
そして、午前0時を告げる鐘が鳴り響きます。
奥さんの誕生日が始まったその瞬間、正雄さんは小さく呟きました。
「由美子、誕生日おめでとう」
震える指が鍵盤の上を踊り始めます。
奏でられたのは「小さな星」という曲。
それは40年前、二人が心を込めて作った“愛の約束”の曲でした。
「君は僕の小さな星だよ」――かつて誓った言葉を乗せて、優しい音色が深夜の駅に響き渡ります。
その場にいた誰もが、静かに涙を浮かべ、耳を傾けました。
その時、ピアノの上に置かれたスマートフォンの画面越しに、病院の看護師が声をかけました。
「ご主人、まだ意識があります。ピアノの音、聞こえるとおっしゃっていますよ」
その言葉を聞いた瞬間、正雄さんの目から涙が溢れ出しました。
「聞こえるかい? 由美子、聞こえる?」。
最後の音が静かに消え、一瞬の静寂が訪れました。
係員が近づき、優しくこう言いました。
「また明日も、同じ時間に来てください」
周りの人々からも「私たちも、毎晩聴きに来ますね」
「お誕生日おめでとうございます」と温かい拍手が送られました。
一人の老紳士の妻を想う深い愛が、居合わせた人々の心を繋ぎ、冷たい都会の駅に小さな奇跡を起こした真夜中の出来事でした。
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