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2025年11月28日07:09

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クルマ0508 最初(トヨダAA)

石川県小松市の日本自動車博物館に1938(昭和13)年のトヨタABR型フェートン(軍用)が展示されています。

https://share.google/images/rzd5tzhIvk2DtalW7

このクルマがレストアされていないことは明白で、イギリスでpatina(パティナ=風格あるヤレ)、アメリカではpreserved(プリザーブド=保存された)と表現する「時間の経過と共に生じる使い込まれた味わい」が大切にされています。オリジナルそのままで良い雰囲気です(汚いと感じる人もいるでしょうが)。

1936年9月から約2年間生産されたこの4ドア・フェートン、すっかりレストアされたAB型(民間用、3350円で353台販売されました)が愛知県長久手市のトヨタ博物館に収蔵されています。冒頭のABR型と同じ1938(昭和13)年式です。

https://share.google/images/qD9RtG1RJ8UmvDtAf

なお、フェートン(米語。イギリスではツアラー)とは、2人乗車のロードスターに準ずる4〜5人乗車のオープン(簡易な透明ビニールの差し込み式サイドウインドウ+ボディと別体のフロントウインドウ)です。巻き上げ式ガラス製サイドウインドウ及びボディと一体になったフロントウインドウを持つ対候性が高いカブリオレ(フランス・ドイツでの表現。英語圏ではコンバーチブル)より簡易なオープンです。対候性は劣りますがスポーティ(殆んどが2ドア)です。

1926(大正15)年11月創業の豊田(トヨダ)自動織機製作所内に1933(昭和8年)9月に開設された自動車部は、1935(昭和10)年に試作した「A1」を改良して1936年4月に最初のトヨタ車である「トヨダAA」型セダンを完成させています(5ヶ月後にAB型フェートンも)。翌1937年、自動車部はトヨタ自動車工業に発展。車名からも濁点が取れ「トヨタ」となります。
AA型は第二次世界大戦(太平洋戦争)中の1943(昭和18)年までに1404台が生産されたものの国内には残存しておらず(オランダにはあります。後述)、トヨタ自動車は当時の資料や設計図に基づいて複製を製作しました。色違いの2台がトヨタ博物館に展示されています。

https://share.google/images/luy2gWtajo9UDTKRP

https://share.google/images/57jlQOfkv9lWKtv4b

前後ともリーフ・スプリングで支えられたリジッド・アクスルを持つ梯子型シャシーに、4ドア5人乗車のスチール製ボディを被せた車体は、ホイールベース2850・全長 4785・全幅 1730・全高 1686mm、車量 1500kg。
フロントに水冷直列6気筒OHV3389cc(65馬力)エンジンが搭載されていました。

https://share.google/images/3x7i2mavp12MXRyAx

このエンジンに3段ギヤボックスが繋げられてリヤを駆動し、約1.5トンのセダンを100〜110km/h(推定)で走らせました。

観音開き4ドアはセンターピラーが残ります。ピラーが無い一連のランチア(イタリア)のセダンより解放感が劣りますがく〜(落胆した顔)。

https://share.google/rzkw9SASlfU9BRfNF

ダッシュボードは木製ではなく、木目調の塗装を施した鉄板でした。

https://share.google/images/oITmoVBhASjzrKxyN

トヨタAAはオランダにある、と書きました。ハーグ市のローマン自動車博物館に展示されています。ロシアのウラジオストックで発見された個体(左ハンドル)をヨーロッパ有数のトヨタ車ディーラーの経営者であるEvert Louwman(エヴァート・ローマン)が購入しました。
この個体は、preserved carとして見つかった時のままの姿で彼の博物館に展示されています。

https://share.google/images/tk6TkVoIpnCX8ip7u

https://share.google/images/GbIKSYwBu7rWRawuv

https://share.google/images/UTyYANqAuULk6ij7o
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