子猫ちゃんのスカッと
数日前から、うちのスーパーの入口に小さなキジトラがうろつくようになったんです。
人の目を盗んではスッと中に入り、商品棚の下にもぐって、ソーセージを1本くわえて走っていく。何回も、です。
私はそれを見ていました。でも止めませんでした。
正直に言うと、最初は「万引き猫だな」と苦笑いで済ませていました。けど、あの子の動きは必死すぎた。ただのイタズラじゃない。
生きるために盗んでる動きでした。そういうものは見ればわかります。
お腹をすかせた動きって、隠しきれないんです。
数日後、私は妻に店番を頼んで、こっそりその子猫の後をつけました。
あのソーセージをどこに持っていくのか。
ちゃんと皮をむいて食べられているのか。
それが気になって仕方がなかったんです。
店のオーナーとしてというより、人間として。
猫は何本もの路地をすり抜け、小さな背中をふるわせながら走っていきました。
途中で2回見失いかけた。
なのにあの子は一度も振り返らない。
ただ前だけを見ていた。
いや、前だけを「信じていた」という方が近いかもしれません。
たどり着いたのは、誰も住んでいないボロボロの廃屋でした。
そこで私は見てしまったんです。
子猫が大事そうにくわえてきたソーセージを、そっと目の前に置いた相手を。
そこにいたのは、同じキジトラ模様の大きな猫。おそらく母親。
ものすごく痩せていて、背中の骨が浮き出ていて、前足を地面につけられない。
痛いのをこらえて、体を少し浮かせるような、不自然な座り方をしていました。
あの光景は正直、効きました。
胸の奥にドンと刺さる感じで、言葉が出ない。私はずっと「子猫が自分のために盗んでる」と思っていた。でも違った。
あの小さな体は、自分の腹じゃなく、母親の腹を満たすために盗んでいたんです。
人間の社会では「盗みは悪い」って言うのは当たり前です。
私もそう教えられてきたし、商売やってる身として、商品を勝手に持っていかれたら本当は困る。
普通なら「防犯カメラを増やせ」「捕まえろ」って話になる。
店のものは店のもの。
ルールはルール。
きれいごと抜きで、それが現実。
でもね。あの痩せた母猫が、震える前足でソーセージに顔を近づけるのを見た瞬間、その「正しさ」が一気にどうでもよくなったんです。
あれを見て、まだ「これは窃盗です」って言える人、どれくらいいるんでしょうね。
言えるなら、正直私はその人と友達にはなれません。
私は慌てて妻に電話をしました。「ケージを持ってきてくれ」と。
そこから先は正直、簡単ではありませんでした。
警戒心の強い親猫と、その親を必死にかばう子猫。
逃げようとする2匹をなだめて、なだめて、なだめて。
時間なんか気にしていられない。
店のこともその時だけはどうでもよかった。
なんとか2匹そろってケージに入ってくれた時、ふっと力が抜けました。
あの瞬間、心のどこかで決まったんです。
もうここから先、この親子を「野良」とは呼ばない、って。
家に連れて帰って、改めてその体つきを見たら、正直きつかったです。
骨ばった背中。細い首。空っぽの体で、それでも生きようとする眼差し。
子猫の方だってガリガリなのに、自分より先に母親にソーセージを押し出そうとする。
その姿を見ているとね、「かわいそう」という言葉なんか生ぬるすぎて、口にできません。
私は決めました。
この2匹は、もううちの家族です。
責任を持って太らせます。
安全な場所と、ちゃんとしたご飯と、毎日気兼ねなく眠れるあったかい場所を用意します。
ここから先は、あの子たちが盗まなくても生きていける世界にします。
少なくとも、私の目の届く範囲では。
はっきり言います。
ソーセージはもう私のものじゃありません。
あの子たちの命の一部でした。
だったら、払うべき代金は「見逃すこと」じゃない。
「これから守ること」だと、私は思っています。
この家はもう、お前たちの家だよ。
よく頑張ったな。
もう盗まなくていい。
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