京都に息づく学問の源泉 ― 伊藤仁斎の古義堂跡を訪ねて
京都の町なかに、静かに佇む石標がある。「伊藤仁斎宅(古義堂)跡ならびに書庫」と刻まれたその碑は、江戸時代の儒者・伊藤仁斎(1627〜1705)の学び舎「古義堂」の跡を伝えている。
伊藤仁斎は、朱子学が主流であった当時において、儒学の原点に立ち返る「古義学」を唱えた思想家である。彼は自らの邸宅に「古義堂」と名づけた塾を開き、上層町衆の子弟や武士を相手に講義を行った。その教えは形式よりも人間の誠を重んじ、後に「堀川学派」と呼ばれる独自の学風を築いた。
古義堂は、仁斎の没後も伊藤家の家塾として代々受け継がれ、京都の学問文化を支える拠点として長く存続した。大正11年(1922)には「史蹟名勝天然紀念物保存法」により史跡に指定され、現在は国指定史跡「伊藤仁斎宅(古義堂)跡ならびに書庫」として、その歴史的価値を伝えている。
現地を訪れると、賑やかな市街の中にあっても、どこか静謐な空気が漂う。かつてこの地で、人々が学問を通して己を磨き、社会を見つめ直していたことを思うと、学びとは何かを改めて考えさせられる。古義堂跡は、今なお京都に息づく“学問のまち”の象徴ともいえる場所である。
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