平安宮「昭陽舎跡」― 梨壺と呼ばれた後宮の一角
平安宮(大内裏)の後宮の一つに数えられる「昭陽舎(しょうようしゃ)」。その跡地を示す石標が、現在も静かに佇んでいます。
昭陽舎は、南舎と北舎の二棟から構成されていました。建物の中庭には一本の梨の木が植えられており、その風情ある光景から「梨壺(なしつぼ)」の名で親しまれたと伝えられます。文学や歴史の中でしばしば登場する「梨壺の五人」という呼称も、この昭陽舎に由来しています。
設置されている石標は、ここが昭陽舎跡であることを示すものです。この石標は単独で建てられたものではなく、平成18年から20年にかけて、全京都建設協同組合創立五十周年記念事業として建立された11基の石標のひとつに数えられます。
その仲間には、
KA125 平安宮一本御書所跡
KA126 平安宮内裏綾綺殿跡
KA127 平安宮内裏弘徽殿跡
KA133 平安宮内承香殿跡
KA134 聚楽第南外濠跡
KA135 平安宮内裏宜陽殿跡
KA141 平安宮大蔵省跡
NA154 平安宮西限藻壁門跡
GA007 山崎院跡
GA011 寺戸大塚古墳
といった、京都の歴史を物語る石標が含まれています。
平安宮は今ではその姿を残していませんが、このような石標が往時の記憶を私たちに伝えてくれます。散策の途中で出会ったときには、平安の都に生きた人々の息遣いを想像しながら、足を止めてみるのも一興です。
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https://ameblo.jp/stephen19690326/entry-12928263701.html
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